【MotoGPコラム】何故ヤマハがセパンを制したのか。ビニャーレスがバイクの感触を取り戻した手段

 イギリス在住のフリーライター、マット・オクスリーのMotoGPコラムをお届け。第18戦マレーシアGPではヤマハ勢が速さを見せ、マーベリック・ビニャーレスが優勝。2019年2勝目を挙げた。ヤマハがマレーシアGPを制した理由は何だったのか。オクスリーが分析する。

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 マーベリック・ビニャーレスが第18戦マレーシアGPの決勝でどう出るか、誰も見ていなかった。だが始まってみれば、ヤマハはライダーもバイクもタイヤもすべてが正しかった。しかし、ヤマハのマレーシアGPでの圧倒的優位にはそれ以上の理由があった。

「バイクの調子が良くて、ミシュランがバイクに合ったタイヤを用意してくれるようなコースなら、真っ先に走り去っていくよ。ヤマハは間違いなく最高のバイクだからね」とビニャーレスは数週間前に私に語った。

「でも苦戦するようなコースでは、大いに苦しむことになる。だから2位ではなく、7位や8位になってしまう。そこが改善の必要があるところだ」

 それこそがヤマハが改善してきた部分なのだ。ビニャーレスがこれほど安定してポイントを獲得していたのは2017年の序盤のことだ。ビニャーレスはチャンピオンシップの序盤で優勝を飾ったが、その後、ビニャーレスとヤマハYZR-M1は失速してしまった。

 その時から得体の知れないヤマハの苦難が始まった。最高峰クラスに1970年代初めに初参戦して以来、2017年7月から2019年10月の間の35戦でたった2度の優勝しか飾れなかったのだ。

 では、何が変わったのだろう? 突破口となった大きな出来事は何だったのだろうか? ヤマハはYZR-M1について興味深い発見をしたのだ。

 MotoGPを運営統括するドルナ・スポーツが共通ECUとミシュランタイヤを導入した後、ヤマハは自ら窮地に陥っていたが、一向に抜け出すことができずにいた。物事が間違った方向へ進んでいるときにありがちなことだ。懸命に改善を試みようとするのに、状況は悪くなる一方なのだ。

マーベリック・ビニャーレス/モビスター・ヤマハMotoGP

「マーベリックが2017年に加入した時、彼はどのコースでもとても速かったのですが、その後、彼は苦戦しました。我々はセッティングを改善しようとしたのですが、混乱してしまう時もありました」とヤマハのMotoGPグループマネージャーを務める鷲見崇宏は語っている。

 スピード改善の一助とするために、改良版フレームやシャシーがビニャーレスとチームメイトのバレンティーノ・ロッシの元に届き始めたことを覚えているだろうか? それらは役に立たなかった。一方、2017年から1年落ちのYZR-M1を駆っていたヨハン・ザルコは速さを見せていた。2019年のファビオ・クアルタラロのように。

「バイクが毎週末変わらなければ、マーベリックはそれぞれの状況に適応することに集中できるでしょう」と鷲見は付け加えた。鷲見は2019年の初めにプロジェクトの指揮を執り始めて以来、ヤマハの運命を転換させようとしている。

「ようやく2019年のバルセロナテスト(6月)で優れたベースセッティングを見出せました。ビニャーレスは今ではバイクのフィーリングを取り戻したのです」

 これは驚くような新事実ではない。ヤマハがスピードを出すための最大の秘密は、バイクを完全に把握することなのだ。

 もし、自分のバイクを良く理解していたら、バイクがスライドしたりぐらついたりする前に、バイクがどう反応するか分かるだろう。つまり、状況の先を常に読み、コントロールを失うことなしに安心して限界までプッシュできるということだ。

 これが、ビニャーレスがヤマハのカーボンスイングアームなどのアップデートを、すべて拒否した理由だ。なぜならパーツを追加したり変え続けたりすると、慣れた感触やバイクとの一体感を感じることができなくなるからだ。

「シーズン後半は、バイクを変えないことにした」とビニャーレスは語った。

「今は自分を改善しようとしている。新しいアイテムができたとしても、僕はバイクを同じ状態に保つ。最高のレベルで、バイクをより深く理解しようとしているんだ」

 また、ルーキーシーズン5度目のポールポジションをマレーシアGPで獲得したクアルタラロも、ビニャーレスやヤマハファクトリーチーム全体に強い刺激を与えたことは間違いないだろう。

「ヤマハのライダーが前にいると、バイクの乗り方や、どう改善したらいいかを理解するのにいつも役立つんだ」とマレーシアGPの決勝にビニャーレスはコメントした。

「ファビオはヤマハに本当に合っている。だから彼はあれほどプッシュできる。研究して学び取るんだ」

マーベリック・ビニャーレス(モンスターエナジー・ヤマハMotoGP)

 だがビニャーレスは一旦クアルタラロの秘密を分析すると、周りのライダーよりもさらに自分自身に集中するようになった。ガレージのなかでも外でもだ。

「この5戦から6戦は、自分自身に深く集中してきた。他のライダーと比較することはそれほどしていない。僕たちは自分たちのやり方でやっている。それがうまくいっているようなんだ」

「実際のところ僕たちがやったのは、バイクを同じ状態に保って、電子系の作業をとても慎重に行なったことだ。僕は最高のやり方でバイクを走らせる方法を理解しようとした。どうやってバイクと一体になるか、どうやって最大限にプッシュできるかをね」

■マレーシアGP優勝候補のクアルタラロが失速した理由

 クアルタラロはマレーシアGPでは優勝候補だったが、彼はフロントタイヤに問題を抱えていた。タイヤの温度が上がりすぎたために空気圧も高くなり、グリップを失ってしまったのだ。

 クアルタラロはビニャーレスに17秒遅れの7位でひっそりとフィニッシュした。クアルタラロはこのような状況でも落ち着いていた。なぜなら彼はこういうことが起きる時もあると承知しており、そのような時に腹を立てても仕方がないとわきまえている。それに、自分の時代がそのうちやって来ることを分かっているのだ。

 クアルタラロはビニャーレスとヤマハがYZR-M1の新しい乗り方を見出す手助けをした。それはホルヘ・ロレンソの滑らかなスムーズさと、ホンダのマルク・マルケスの荒々しい攻撃性の間を行くものだ。

ポールポジション獲得も決勝は苦戦し7位でフィニッシュしたファビオ・クアルタラロ(ペトロナス・ヤマハSRT)

「もちろんヤマハのマシンもスムーズに乗る必要がある。でもスムーズさと攻撃性の間のバランスがあるんだ」とマレーシアGPでクアルタラロは語った。

「このバイクで速さを出すには、正しいバランスを見つける必要がある。そして僕たちはそれを見つけたと思うよ」

「奇妙なんだけれど、バイクに乗るたびにラップタイムを出すのが難しくなる。最初のうちは簡単じゃない。でも速いラップタイムを出すためにはそれでいいんだ」

ファビオ・クアルタラロ(ペトロナス・ヤマハSRT)

「でもそこから本当に速さを出すのは、とても難しい。よりアグレッシブになると同時に、とてもスムーズに行く必要もある。それが簡単ではないと僕が言った理由だ。なぜならアグレッシブになるのは簡単だけど、本当にアグレッシブにこのバイクに乗るとラップタイムが出ない。でもとてもスムーズに乗ると、良いラップタイムが出るけれど、十分な速さではないんだ」

 レースにおいてすべてのことがそうであるように、バランスが重要なのだ。MotoGPライダーはヘビー級レスラーの才能に、バレエダンサーの才能を組みあわせなければならない。それはまるでハルク・ホーガンとルドルフ・ヌレエフをひとつの身体に収めるようなものだ。簡単なことではない。

 もちろんセパンで優勝したビニャーレスと、ポールシッターのクアルタラロ、ラップレコード破りのロッシは、週末を通して何かしら強みを持っていた。

■ライバルも感心したヤマハのコーナー立ち上がり

 ヤマハは、2010年にロッシがレプソル・ホンダのアンドレア・ドヴィツィオーゾを一瞬の差で打ち負かして以来、セパンでは優勝していない。今回、YZR-M1は見事な走行を見せた。なぜならバイクの基本構成がコースレイアウトに合っていたことと、電子制御と出力特性を大幅に改善したからだ。したがって、ヤマハ勢全員がフロントロウに並んだ。

「ヤマハ勢はコーナーの立ち上がりでとても安定していた。彼らはスピンしなかったし、サスペンションの膨張もなかったね」とマレーシアGPでKTM RC16のトラブルに手こずっていたポル・エスパルガロは語った。「バイクはすごく安定していた。グリップが低い時これは重要なことだ」

 ドゥカティを駆るジャック・ミラーも同意した。「ここでは多くの時間コーナリングをし、バンク角を深めて過ごすことになる」とミラー。

「第3セクター(5コーナーから9コーナー)はこれまでのところ僕にとって最悪の場所だ。あの手のセクターはヤマハが優れている。僕たちのバイクには大きな馬力があるし、ホンダもそうだ。でもヤマハはストレートですぐに速さを出せる。特にバックストレートの前の長い右カーブからね」

混戦のオープニングラップをトップで終えたビニャーレス

 マルク・マルケスでさえ「ヤマハはコーナー立ち上がりでさらにグリップがあった」と感心していた。マルケスは予選でハイサイド転倒を喫し、鎮痛剤と抗炎症薬の世話になっていなければ、ビニャーレスをもっと悩ませていただろう。しかし現世界王者マルケスの怪我は不運だったのではなく、大きなミスの結果だった。

 ビニャーレスは1周目でとにかく首位になろうと急いでいた。そうして彼は自身のライン取りをしてコーナースピードを多用し、誰よりも早くストレートへ出ることができた。

 ビニャーレスのトップスピードはそれほどの速さではなかったかもしれない。ビニャーレスのトップスピードは時速約319.9km/hで、対するホンダは時速約325.4km/h、ドゥカティは時速約330.2km/hだった。だが、ビニャーレスはストレートでは速かった。

 ビニャーレスのマレーシアGPでの走行を、日本GPでのドヴィツィオーゾとのバトルと比べてみよう。このときビニャーレスはコーナースピードを使ってストレートに理想的な速さで出ることができなかった。なぜなら常にドゥカティ・デスモセディチGP19が前にいて阻んだからだ。

 今問題なのは、ビニャーレスが最終戦バレンシアGP、さらに2020年まで勢いを維持できるかどうかだ。ビニャーレスは希望に満ちているようだが……。

マーベリック・ビニャーレス(モンスターエナジー・ヤマハMotoGP)

「今ではバイクの理解の仕方がわかったし、とてもうまく乗りこなせている。時間はかかったけれど、僕たちは正しい道にいるよ」とビニャーレス。

「今年達成した大きな一歩は電子制御、特に燃料のだね。だから今では燃料の状態も良いし、コーナースピードも優れている。ブレーキングについては不安定な部分があるが、それについても理解を深めているところだ」

 ビニャーレスの唯一の懸念は、各レースの最初の数周だ。なぜなら、グリップのコンディションがMoto2のラバーや、コース温度などの理由で、フリー走行や朝のウォームアップ走行から頻繁に変わるからだ。

「一部のレースでは、コースを理解してライディングスタイルを適応させるのに6周から7周かかる。1周目ですべてを失ったことが何度もあった。だからそれが2020年の僕たちの大きな目標のひとつだね。スタートを改善して、よりパワーを出すんだ」

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