ペット・ショップ・ボーイズ、ニール・テナントの自己実現の軌跡 1988年 11月14日 ペット・ショップ・ボーイズのシングル「レフト・トゥ・マイ・オウン・ディヴァイセズ」がリリースされた日

ペット・ショップ・ボーイズに学ぶ、夢のかなえ方

51歳の誕生日直前のこと、まだ10月だというのに、インフルエンザで寝込んでしまった。抱えていた仕事はキャンセルさせてもらって事なきを得たが、できれば手放したくなかった。懐が寂しかったから。体調と収入が直結するフリーランサーの生活は、不安定極まりない。

そして、昔の自分に問う--
「私はこんな人間になりたかったのだろうか?」

2018年12月、ペット・ショップ・ボーイズ(以降PSB)のニール・テナントが一冊の本を出した。タイトルは『One Hundred Lyrics and a Poem 1979-2016(日本語版未発売)』といい、その名の通り100曲分の歌詞と一編の詩で構成されている。

PSB の世界をもっと深く知りたい!と思った私は、迷わず購入した。それによると、歌詞は主にニールが、音楽はクリスが手がけているそうで、他にも興味深いことがたっぷりとこの本には書かれているのだが、今回はそのうち2曲の歌詞だけを取り上げることにする。

「レフト・トゥ・マイ・オウン・ディヴァイセズ」から読み解くニール少年の夢

それは私の中で「PSB 二大 “夢かな” ソング」と勝手に名付けているもので、まずは1988年11月にリリースされたシングル「レフト・トゥ・マイ・オウン・ディヴァイセズ」について。タイトルは「ほっといてくれりゃいいのに」くらいの意味合いだろう。ここではニールの若干内向的な、一人遊びが好きだった少年期を振り返っている。

 I was faced with
 a choice at a difficult age
 Would I write a book?
 Or should I take to the stage?
 But in the back of my head
 I heard distant feet
 Che Guevara and Debussy
 to a disco beat

 (拙訳)
 難しい年頃に選択を迫られた
 作家になろうか?
 舞台俳優になろうか?
 だけど頭の中で
 かすかに聞こえるステップは
 ディスコのビートで踊る
 チェ・ゲバラとドビュッシー

子供の頃のニールは実際のところ、作家や俳優に憧れてはいたが、本当はずっとポップスターになりたかったという。
ご存じチェ・ゲバラはキューバの革命家。ドビュッシーの作品も既存の概念にこだわらないものであったし、PSB の音楽も、彼らの革命的な精神をある意味受け継いでいるのではないだろうか。

「ビーイング・ボアリング」から読み解く、ニール青年の夢と現実

それから2年後の1990年11月、「ビーイング・ボアリング」がリリースされる。そのタイトルは、ニール曰く「PSBに関する日本語の記事に書かれていた言葉(Being Boring)の響きが面白くて使った」のだそうだ。日本語では「PSBなんてつまんねえ」とでも書かれていたのだろうか。それを逆手に取るニールは実にあっぱれ。

さて、肝心の内容について--
「レフト・トゥ~」が主に少年期のことであるのに対し、こちらは1970年代に、ニールが大学進学のためにニューカッスルからロンドンへやってくるところから始まる。パーティー三昧で青春を謳歌するニール青年の「大学デビュー」である。

 I never dreamt that
 I would get to be
 the creature that
 I always meant to be
 but I thought in
 spite of dreams
 you’d be sitting
 somewhere here with me

 (拙訳)
 ずっとなりたいと思っていた人間に
 なれるだなんて思ってもみなかった
 だけど、そんな夢がどうなろうが
 君は近くにいてくれると思っていたのに

「レフト・トゥ~」のニール少年は、「ビーイング・ボアリング」でポップスターになる夢をかなえる。
PSB のデビューした80年代にはまだエイズの治療法が確立されておらず、ここで「君」と歌われている、ニールのニューカッスル時代からの親友も、そのころ命を落としている。
成功と名声を手に入れ、一方でかけがえのないものを失っていくという世の無常さも、この楽曲で表されているように思える。

ペット・ショップ・ボーイズが与えてくれた勇気、なりたい自分になるために

私がこの2曲をよく聴いていたのは大学時代で、進路に悩んでいたときだった。ニールがデビューしたのは、音楽誌の記者をへて、30歳になろうとしていたころで、ポップスターとしては遅咲きの部類に入る。回り道をしても、いつかは「なりたい自分」にたどり着ける―― そんな勇気を私に与えてくれたのが、この2曲だったのだ。結局まだどこにもたどり着けてはいないけれど…。

50歳を過ぎた今も、将来が不安になったときには、とりあえずこの2曲を脳内再生して、「今の自分とは違う何者かになりたい」という夢を見ることを自分に許している。ハタチのころと同じ夢はもう見られないけれど、年齢相応の夢ならいくらだって見られるだろう。

だけど、夢がかなっても幸せになれるとは限らないということは、わかりすぎるほどわかっているつもりだ。それがハタチの自分と違うところ。とにかく、今の私には「やる気スイッチ」としての夢が必要。心からそう思う。

60歳を超えたニールとクリスは今、どんな夢を見ているのだろうか。

カタリベ: Polco/モコヲ

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