ラクロス日本初プロ・山田幸代が、本物から学ぶ場所「国際大会」を日本で主催する理由

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日本ラクロス界のパイオニア的存在として現役で活躍している女性プレーヤーがいる。ひまわりのように真っ直ぐ、弾けるような笑顔で「『ラクロス選手になること』が日本の子どもたちの夢になることが夢」だと語る、山田幸代だ。
11月16日(土)に浦安市陸上競技場で開催される「WORLD CROSSE 2019」の運営を率いる彼女が、3回目の開催に至るまでの原動力には、大好きなラクロス、そして大好きな子どもたちのために道を切り開いていきたい、という想いに満ち溢れていた――。

(インタビュー・構成=田中滋、撮影=軍記ひろし)

子どもたちに「ラクロス選手になりたい」と言ってもらえるようなスポーツにしたい

まず、山田さんが代表取締役を務める株式会社Little Sunflower が主催する大会「WORLD CROSSE 2019」の開催を11月16日に控えていますが(編集部注:大会開催前の11月7日にインタビューを実施)、この大会には、どのような方に一番来てほしいですか?

山田:子どもたちです。この大会をやるミッションやビジョンがありまして、もちろん大学生にも来てもらいたいんですけど、私としては、子どもたちにラクロスを広めて「ラクロス選手になりたい」と言ってもらえるようなスポーツにしたいという夢があります。この大会に関しては、大学生たちに“いま自分がやっているラクロス”が世界に通用するものになるために、その先にあるものはなんなのかを発見してもらいたいというのも一つあります。さらに大きな開催理由としては、地域の子どもたちにラクロスを知ってもらいたいという想いがあります。大会の開催地である浦安市の地域の皆さんと一緒に大会をつくっていくことをコンセプトとしているので、この大会の前日には、アメリカの選手団に地域の小中学校を訪れてもらって、英語の授業の中で子どもたちとコミュニケーションを取ってもらう予定です。授業では英語でラクロスを紹介して、その授業を受けた子どもたちを翌日の試合に招待することになっています。

一般社団法人日本ラクロス協会(以下、ラクロス協会)が開催する国際親善試合との違いは、そこでしょうか?

山田:そうですね。今回の大会は、ラクロス協会も後援として参画してくれています。

3回目の開催ということですが、前2回の反響は?

山田:ラクロスをよく知っている人は問題視してくれるんですけど、最初はなかなかグラウンドが取れませんでした。開催できる場所を全国で探したんですけど、時間がなかったことも影響して、結局、借りられるところがなくて。私がたまたま京都の国際観光大使をやっていたので、京都市が協力してくれて開催したのが始まりでした。海外の選手たちを日本で見ることはなかなかできなかったですし、ラクロス協会への登録人数は関西だと2000人くらいしかいないのですが、観客は1800人くらい来ていただきました。ラクロスを日常的に見る環境や場所がなかったので、中高生に見てもらうところまではいかなかったのですが、大きな反響をいただきました。そこで2回目は関東でやろうということになり、京都市さんから紹介してもらった浦安市さんと一緒にやることになりました。

1回目よりも進歩させることができたのは、試合前日に行った学校の子どもたちが、ナイターの試合だったにもかかわらず数多く見に来てくれて、ラクロスを見るのも初めてだったのに、試合が終わって選手たちを乗せたバスが競技場を離れるまで、子どもたちが手を振ってくれたり、サインをもらうために隣のホテルまで来てくれました。子どもたちに、海外のトップクラスの選手と触れ合う機会をつくれたこともうれしかったですが、ラクロスをまったく知らなかった子どもたちのそうした反応を見ると、やってよかったな、と思いました。そういう反応はすごくうれしかったですね。

去年も2500人くらいのお客さんが来てくれました。これをどんどん大きな大会にしていけたらと思います。

この大会のビジョンとしては、子どもたちにラクロスを知ってもらうこと、それから大学生に世界を知ってもらうことを掲げています。ラクロスを普及する機会の一つとして捉えていますが、世界のクラブが増えてきているなか、アメリカではプロリーグも盛んです。サッカーのFIFAクラブワールドカップのような大会が世界のどこにもないので、この大会を大きくしていって各国のクラブチャンピオンが集まるようなクラブチャンピオンシップにしていきたいという夢があります。その第一歩として、今回は香港のクラブチームも来日する予定です。

ゆくゆくはもっといろんな国から参加する大きな大会に、という夢ですね。

山田:そうですね。それが子どもたちに響いて、自分もこうなりたいと思ってもらえたらいいなと信じてやっています。

「WORLD CROSSE 2019」では観客と選手がコミュニケーションできる仕組みも!

最初の大会では場所決定に苦労されたとのことでしたが、今回はいかがですか?

山田:台風の影響で、ラクロス協会のリーグ戦が終わりきらなかったので、日程がかぶってしまうんです。調整はしていただいたのですが、リーグが終わっていないとグラウンドの問題もあり、集客面では厳しいところです。中学生までは無料なので、子どもたちにはどんどん来てほしいのですが、いつも来てもらっていた大学生・社会人の集客が難しいかもしれません。今、日本のラクロス人口の中心は大学生で、1チームに150人くらい在籍することもあるのですが、その大学が試合だと150人まるまる私たちの大会に来れないことになるので、けっこう大変です。

ラクロスのコミュニティにいろいろな人が集まっていることが素晴らしいことだと思うので、どんどんいろんな人に来てもらいたいと思います。

大会のなかでは、参加者がいろいろな人とコミュニケーションが取れる場もあるのですか?

山田:今回の大会では、アメリカのプロリーグのオールスター対日本のトッププレーヤー集団が対戦します。女子の10対10をやったあとに、オリンピックルールの6対6(2028年ロサンゼルス大会でラクロスがオリンピック競技になることが有力視されている)の試合をイベントとして開催し、2試合続けて見てもらう予定です。6対6の時はグラウンドを開放して、観客の皆さんもスタンドから下りてきてもらい、6対6をピッチレベルで見て、選手ともコミュニケーションが取れるようなイベントの仕組みにしています。そこでラクロスを知らない人には、スティックを触ってもらったり、いろいろな方が楽しめるようにするつもりです。

ラクロスを初めて見た人に、その魅力を伝えるのはなかなか難しくないですか?

山田:ラクロスって見るのもけっこう難しいと思うんですよね。ルールもそうですけど、フィールドは大きいのにボールは小さい。シュートのスピードは160km、170km出たりするくらいボールが見にくかったりする。どうやって見やすく見せられるかは常に考えていて、今アメリカでは見せ方を工夫しています。今年初の試みなんですけど、フィールドの中にスクリーンを入れたり、PLL(Premier Lacrosse League)というリーグではメディアプロモーションの研究に力を入れているので、メディアの人も企画者も一緒に成長していこうとしているところです。やっぱり見やすいスポーツのほうが広まると思うので、6対6のほうが初めて見る方には見やすく、いい反応がもらえるかもしれません。

来日する選手を呼ぶのも大変だったと思います。

山田:大変ですね。全員分のチケットを取れたのが今日(7日/大会9日前)です(苦笑)。パスポートの写しを送ってもらったり、選手たちのスケジュール管理もすべて私がやっているのですが、アメリカの選手たちは予定をすぐに変えるので最終フィックスがなかなかできなくて。チケットやパスポートの確保は大変だったし、スポンサーをまわったり、足りなかったら自分で出すしかない、とか。毎日電話が止まらない(苦笑)。終わった時はいつも、有森裕子さんじゃないですけど自分で自分を褒めたいと思います。

運営面では、企画ものが多いので、選手たちを地域に連れていって授業をしてもらったり、グラウンドを取って時間調整したり、アメリカ大使館に訪問したり……というのを全部自分でやっているので。任せられるところは任せているんですけど、結局は自分でやらなければならなくて。

原動力は、“大好きなラクロスと、大好きな子どもがリンクした夢”

これまでも山田さんはクリニックをやったりしていますが、子どもたちに試合を見てもらうことには、また別の目的があるのですか?

山田:私自身が海外に出た時に、トップ・オブ・トップから学ぶことがすごく大きな刺激になりました。本物から学ぶ、ということ。自分が学びたいと思う時に、その場所があるかどうかだと思うんですね。その場所がないならつくってあげたいと思うから、クリニックも開催したりするんですけど、やっぱり1年に1回ではその1年で薄れていってしまう。最近はYouTubeなどネットを使って映像で見ることもできるんですけど、やっぱりその場に行って、最高のプレーを表現しているプレーヤーがいるか、いないかはすごく大きなことだと思います。クリニックをやったあとに、今度は自分で見て学べる場所をつくりたいと思って、この大会を始めました。学び方は人によっていろいろあるとは思うのですが、目で学ぶこともすごく大切だと思います。そういう環境がないのなら、私がつくろうと思って、やっています。

その原動力はどこから来ているのですか?

山田:ラクロスを始めた時から私の夢はまったくブレていなくて、私は保母さんになりたかったんです。子どもが大好きなのですが、「将来、何になりたいの?」って聞くと「ラクロス選手」と答える子どもに出会ったことがなくて。私がラクロスを始めて17年が経ちますけど、そう言ってくれる子どもたちを増やしたい、子どもがそういう夢が持てるような選択肢をつくってあげたい、という夢があります。大好きなラクロスと、大好きな子どもが初めてリンクした夢だったので、その夢をずっと持ち続けていられるのはすごくラッキーなことなんですけど、すべてはアクションだと思っています。私は夢に到達するまでの目標を分割しているだけです。それこそ、短期、中期、長期の目標を設定して、自分がこれをクリアしたら夢がかなうはずなので、そのアクションを増やしているところです。夢がなければ、その原動力やアクションを起こす欲求は生まれないと思うので、私の中ではブレない夢があることがパワーの源になっていると思います。

私が死んだあとにラクロスが普及してくれればいいと思います。そのために今何ができるのか。2028年にオリンピック種目になるかもしれないという話や、ラクロスというスポーツが「ああ、あのスティック持っているやつね」と言われるようになったり、変化を少しずつ感じてきているので、前を向いて進んでいくだけです。

目標って筒のようだと思っていて、正面から見たものと、上から見たもの、横から見たものとでは見え方が違うんです。追っているものは同じでも、アクションとして真っ直ぐ進んでいるだけではなく、わからなかったら戻りますし、知りたかったら角度を変えますし、そうやって進んできた17年間なので、まだまだ先に何があるのかはわかりません。でも、ラクロスが好きで、ラクロスをみんなに知ってもらいたいと思う気持ちを軸に、進んでいる感覚です。

山田さんに影響されてラクロスを始めました、という子はいますか?

山田:大学生で言ってくれる子はいます。山田千沙っていうんですけど、私が出演したテレビ番組を見てラクロスをしたいと思ってくれたらしく、今回この大会にも出場してくれるんですけど、この子の次の夢がプロになることなんです。そういう選手たちにも、この先のチャンスをどうにかつくってあげられないかと思って、この大会で、アメリカのリーグにチャレンジできるトライアウトができるようにアメリカのプロリーグと交渉して、プロになれる枠を一枠つくってもらいました。去年初めてWorld Crosseに出場した日本人選手から、アメリカのプロリーグに選手を一人送り出しました。この大会のトライアウトをパスすれば世界で一番のプロリーグにチャレンジできるという場をつくることができたのは、私がプロラクロス選手としてやっていく、と宣言してから手にすることができた一つの到達点なのかと思います。

アメリカのプロリーグはドラフトにかからないと入れないリーグで、男子はPLLとMLL(Major League Lacrosse)の2つ。日本人の選手がプレーしているのはMLLで、来年にはなくなるかもしれません。MLLのトップ120の選手がほとんどPLLに移籍してしまって、ほとんど選手がいない状況で、だから日本人が入れるんですけど、PLLもトライアウトがなくドラフト形式なので、そのPLLにもトライアウトの枠を設けてほしいと交渉します。今の日本の環境だと、学生生活を終えたあと、ラクロスで生活していこうと思ってもその場所がないのが現状です。

ラクロスプレーヤーには世界的にも優秀な人が多い?

ラクロスをしている人たちは高学歴の人が多いですよね。ビジネスでも成功できる才能を持っていながらも、ラクロスのプロ選手になりたい人もいるのですか?

山田:います。アメリカと試合をしたい、トライアウトを受けたいというたくさんの選手が来てくれました。その中にも、都市銀行に就職したのにPLLに行けるならば仕事を辞めてでもチャレンジしたい、という人も。そういう人たちは、プロの生活が終わっても、そのパワーがあればもう一度就職するのも難しくないと思うんですよね。プロを引退したら何も仕事がない、という選手はあまりいないと思います。

それは、ここまでラクロスというスポーツをラクロス協会が大きくしてきてくれたことに感謝すべきこと。ラクロスだけじゃなく文武両道で、ラクロスを通じて学ぶことが人生を通じて学ぶことなんだ、というのがラクロス界の中で定着しています。それはいつまでも残していきたいラクロスならではの文化だと思います。

本場のアメリカではどうですか?

山田:アメリカは今、ラクロス人口が急激に増えています。プロが増えているわけではなく、ユース世代の人口が増えていて。100万人以上がプレーしているんですけど、その人たちが目指すところが「ラクロスを通じて名門大学のスカラーシップ(奨学金)を得ること」なんですね。ラクロスの強い大学は、世界的にも優秀な大学が非常に多くて、イエール大学、スタンフォード大学など、子どもたちにラクロスをさせたい親御さんがすごく多くなっています。アメリカでは、ラクロスとゴルフが似ている要素の多いスポーツと捉えられていて、ゴルフのオフシーズンにラクロスをプレーする人も多い。ラクロスでスカラーシップが取れるなら、ということで、ラクロスに転向していく選手も多いようです。

ラクロス界にとって重要な大会として、国際ラクロス連盟も認める「World Crosse」

今大会での出場選手たちはどうやって集めたのですか?

山田:初回は、世界大会で仲良くなった選手に声をかけてもらい有志で選手に来てもらいました。2回目は女子もやりたいと思い、女子のプロリーグができたので私からアプローチをかけました。そのプロリーグのボードメンバーの中にオーストラリア代表選手がいて、私の夢を語ったところ「ラクロスの普及に協力できるなら素晴らしいこと」と、力を貸してくれることになり、そこでWPLL(Women’s professional Lacrosse League)と契約することができました。

今年からは、WPLLからPLLを紹介してもらい、PLLのオールスターを派遣してもらいます。日本のラクロス協会も協力してくれて、今後、ラクロスをオリンピック種目にしていくためにはインフルエンサーをつくっていかないといけない、というのが世界的な課題になっています。そのためにはWorld Crosseは非常に重要な大会だと国際統括団体のワールドラクロスも認知してくれて、ワールドラクロスとPLLがパートナーシップを組んでいるので、PLLもヘルプに入ってくれています。

それでPLLのトップ選手が来日するわけですね。

山田:男子では今、世界一じゃないかといわれているマイルズ・ジョーンズ選手も来日します。彼を日本で見る機会はなかなかないと思います。身長が196cmもあるので、日本人選手が怪我をしないか心配です(笑)。

<了>

PROFILE
山田幸代(やまだ・さちよ)
1982年8月18日生まれ、滋賀県出身。中高生時代はバスケットボール部に所属し、京都産業大学進学後にラクロスを始め、年代別の日本代表選出、関西リーグ得点王、ベスト12、MVP受賞。2005年には日本代表としてワールドカップに出場し、5位入賞に貢献。同年、某大手通信会社に就職し仕事と両立して活動していたが、2007年9月にプロ宣言し、現在は日本初のプロラクロス選手として競技の普及にも尽力しながら活躍中。2017年にはラクロスワールドカップ、ワールドゲームズにオーストラリア代表として出場し、アジア人初となる世界大会銅メダルを獲得。11月16日開催の「WORLD CROSSE 2019」を主催する株式会社Little Sunflowerの代表取締役。