共通テストの数学記述式に重大な問題

芳沢光雄・桜美林大教授

 大学入試センター試験を引き継ぐ「共通テスト」の数学で、部分的に記述式の数学問題を導入すると知ったとき、率直に疑問に思った。

 記述式の試験は個々の大学が主体的に行うのがベストである。それに、そもそも50万人もの記述式答案を大学入試センターが採点できるのかと。

 一方で、記述式の導入によってその意義が理解され、広がるかもしれないとも考えた。だから、その意義を強く訴えてきた者として推移を見守ってきた。

 だが、ことここに至って、共通テストの数学記述式試験に関し、私は3つの重大な問題を指摘せざるを得ない。以下、順に述べたい。

 第1は、文部科学省が高校生に対して、記述式を導入する意義を論理的に説明すべきであると考えるが、そのような姿勢が全く見えて来ない点である。

 記述式の導入は、受験生や高校生の論理的な説明力を高めることが本質にあったはずである。それならば文科省は、その手本となるべく、記述式はどのような問題意識から導かれ、どのような成果が期待できるのか、丁寧に説明するべきであろう。

 ところが現状は単に「記述式テストを行います」と、結論だけを述べているようにしか見えない。大多数の高校生から理解を得られないのは当然だろう。

 共通テストの記述式の解答形式は、解に至るプロセスの中の「一つの数式だけを書く」とか「短い一文だけを書く」ことになるとも伝えられている。そのようなことで、論理力や説明力が高まるとは到底考えられない。

 たとえば、地図の内容を読み取って説明することは、論述力を高めるのに適当な教材であるが、地図上にある地名や建物の名称だけを書かせても意味はない。説明の全文を書かせてこそ効果があるのだ。説明を軽視する姿勢がここにも表れている。

 10年ほど前の大学生就職難の時代、私は大学で「就活の算数」というボランティア授業をした。単位にならないのに多くの学生が受講した。授業はマークシート式問題を解く方法(テクニック)の暗記ではなく、考える筋道の「理解」を徹底して大切にした。そうすると、就職試験の適性検査程度ならば、見違えるように解けるようになる。プロセスの理解こそが大切であると実感した。

 二つめは、採点を受託した民間会社の数人が、問題と正答例をテスト実施前に閲覧するという点だ。さらに、採点者約1万人の中にアルバイトの学生や大学院生も含めるという。

 私はいくつもの大学で、全体の責任者を含む多様な入試業務を担当した。「入試業務はミスがなくて当然」の世界であり、失敗すれば責任を免れない。逃げ出したい気持ちにもなる。だが「この仕事には大きな意義がある」と気持ちを奮い立たせてやってきた。

 だいぶ前のことであるが、印刷済みの問題で「各」が「名」と間違っているという夢を見て、早朝に大学の金庫を開けて確かめたところ、やはり誤記があった。慌てて直した。それほど神経を尖らせる。

 ある試験の後には、「出題が誤っていないか」と予備校から鋭い質問があり、納得してもらうために全力で説明したこともある。全身に汗が流れ、目の前が見えなくなった。

 重要なことなのだが、こうした入試業務の中で、採点者には試験終了後でないと、問題と解答を見せない。親族が受験する教員は、作問者グループには入れないことも当然である。そこまで保秘を徹底しても、過去に入試問題漏洩事件を起こした大学があった。

 採点する民間会社に、事前に問題と正答例を知らせるというのは、にわかには信じ難いやり方である。

 また、少なくとも私が関わった入試では、非常勤講師の方に採点をお願いすることはなかった。アルバイトの学生や大学院生が採点をするなどということも、絶対にあってはならない。

 三つめは、もともと大学入試センターが主体となって採点するべきなのに、なぜ民間会社に委託するのか。理解に苦しむ。

 落札額は61億円という。受験生は約55万人であり、その多くの人たちの受験料は、「3教科以上」の1万8千円である。単純計算で100億円弱の受験料が入試センターに入る。国語と数学の一部記述式答案の採点でその半分以上の金額を民間会社に払うことは、受験生にも親にも納得してもらえまい。「民間に払うお金があったら受験料を半分にしてもらいたい」という高校生もいると聞く。

 入試のあり方は受験生だけでなく、初等中等教育にまで影響を及ぼす。萩生田文科相の「身の丈」発言が問題になったが、入試によって格差を固定・拡大してはならない。そして、やり方次第では逆に、格差の是正につなげることも期待できるはずだ。

 その意義の重さに鑑みて、私は「入学試験学」という学問を創設したいという夢を抱いたことがある。その学会の本部は大学入試センターに置いてはどうかと思った。センターには入試に関する優れた論文を執筆されている先生方もいる。

 そのような人材を擁し、予算や施設も持つ入試センターが、入試業務の重要な部分を民間に丸投げしようとしている。それは受験生を含む子どもたちに「君たちは大切ではない」というメッセージを伝えることになるだろう。

 日本の未来のために切に訴えたい。大学入試を根本から真剣に考えるべきときだ。(桜美林大教授=芳沢光雄)

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 よしざわ・みつお  53年東京生まれ。東京理科大教授を経て現職。数学・数学教育。「『%』が分からない大学生」など著書多数。25年前から各地の小・中・高校で出前授業を展開し、大学での講義と合わせて約3万人の学生・生徒に教えてきた。

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