写真はイメージです
事件現場は都内に本社を構えるある金融業の会社でした。
たった1枚のファックスのために、被害会社の業務は著しく妨害されることになりました。会社の役員は全員ファックスを受信したその日のうちに急遽都内の本社に集められ緊急対策会議が開かれました。
ファックスの文面は、
「自爆テロ起こすからな 首洗って待っとけよ 被害者の会 2019」
というものです。
警察への通報はもちろんのこと、被害会社は近辺の警備を警備会社に依頼するなどの対応を迫られました。
ファックスが送られてきた翌々日、今度は電話がかかってきました。
「今から自爆テロするから。よろしく」
電話の相手はそれだけ言って一方的に電話を切りました。
電話を受けた社員、上司は業務を中断して対応に追われ、役員たちは再び緊急対策会議のために召集されました。
さらにその翌日、また電話がかかってきました。
「お前のところにサリン撒きに行くからな!」
それだけ言って電話は切られました。
次の日にもまた電話です。
「これから大阪の支社にマシンガン持って乗り込むからな。わかったか。覚えとけ」
電話を受けるたび、業務は中断され社内は大騒ぎになりました。
事件の発端となったファックスは兵庫県内のコンビニから送られたものでした。防犯カメラにも犯人の姿ははっきり映っています。
また、電話はすべて犯人の所有していた携帯電話からかかってきていました。
これだけ稚拙な犯行で捕まらないわけがありません。ほどなくして犯人は尼崎市内で逮捕されました。
裁判の冒頭では、被告人に人間違いがないように名前や住所、生年月日などを聞かれます。柿沼健太(仮名)はこの人定質問を拒絶しました。
「個人情報なので言えません! 個人情報なので言えません!」
聞けば、躁うつ病で精神障害3級だそうです。留置所に留置されたはじめの2週間ほど、服薬していた薬が支給されず激しく暴れるなどの問題行動がありました。行動をコントロール出来なくなることがあるようです。
また、薬が支給された後も、
「イライラしたから」
という理由で自分の髪の毛を抜き続けるという行動があり、幻覚や幻聴などの症状も訴えていました。
もちろん精神障害を抱えているからといって裁かれないということはありません。
彼は就職活動をしていましたが、なかなか就職先が見つかりませんでした。その理由を彼は
「ブラックリストに載せられているからだ」
と思いこみ、被害会社に対して恨みを抱いていました。
彼が被害会社からお金を借りたことはなく、他の会社でも借金絡みのトラブルはないのでブラックリストに載っているはずもないのですが、何故かそう思いこんでしまったのです。
「イライラしたんで何でもやってやろうと思って」
そんな理由で彼は犯行に至りました。
「ファックスや電話でどうなるかは考えてませんでした。悪いことをしてるっていう認識は当時はなかったです。冗談のつもりで、本気にするとは思わなかったです。こんな大事になると思ってなかったです。ドジ踏んだな、って思ってます。ここまで大げさになるとは…」
イタズラ電話やメールなどで捕まる人はだいたいみんな同じことを言います。
「こんな大事になるとは思わなかった」
彼も同じように、軽い気持ちでやってしまったようです。たとえ軽い気持ちでも威力業務妨害は立派な犯罪です。被害者は業務の中断を余儀なくされ対応に追われました。
彼は今後も福祉センターやケースワーカーの人に支援をしてもらいながら生活していく、と話していました。彼の抱えていたイライラがどこから来たのか、なぜそのイライラをファックスや電話というやり方で発散しようとしてしまったのか、裁判では何も話されていません。根本的な動機がわからない以上再犯の恐れは拭いきれませんが、あとは彼を支援する人たちに任せる他はありません。
この裁判での求刑は懲役2年でした。軽い気持ちの電話でも、これだけの重い罪になるのです。(取材・文◎鈴木孔明)