コラム凡語:大嘗祭

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 皇室に縁が深い桂離宮(京都市西京区)に迫撃弾が撃ち込まれたのは1990年11月22日夜のことだ。東京の皇居で大嘗祭(だいじょうさい)が行われているさなかだった。後日、過激派が犯行声明を出した▼平成の大嘗祭の時期には、天皇制を批判するこうしたゲリラ事件が相次いだ。それから29年。今回の大嘗祭に過激な抗議活動はほとんど見られない。静かな中で粛々と、定められた行事が続いた▼昨夜から未明にかけて、中心儀式「大嘗宮(だいじょうきゅう)の儀」が催された。儀式の要の部分は非公開だが、白い絹地の祭服を着た天皇陛下が今年収穫されたコメなどを神々に供え、自らも食して五穀豊穣(ほうじょう)や国の安寧を願ったとされる▼中断を経ながら約1300年も続いてきた行事である。宗教学や文化人類学の観点から貴重な事例と評価する研究者もいる。政府は大嘗祭を「重要な皇位継承儀式」と位置づけ、国費支出の根拠としてきた▼ただ、平成の大嘗祭を巡っては政教分離の観点から「違憲の疑いが否定できない」との司法判断がある。秋篠宮さまも昨秋、国費支出に疑問を示された。だが、そうした課題が検討されることはなかった▼政府は大嘗宮などの建設費を圧縮したが、儀式の運営は平成に倣った。異論が噴出する前に静かに粛々と前例踏襲を決め、議論を封じたかにみえる。