ストレートなハードロックで勝負したカクタスの傑作デビュー盤『カクタス』

『Cactus』(’70)/Cactus

ティム・ボガート(Ba)とカーマイン・アピス(Dr)のふたりの超重量級リズムセクションは、ロック界では一目も二目も置かれた存在で、まさにレジェンドという言葉が相応しいアーティストだ。彼らはジェフ・ベックに誘われ新グループを結成するために、在籍していたヴァニラ・ファッジを脱退するのだが、不運にもベックが交通事故を起こしてしまい、その話はご破算となった。ベックのロック界への復帰は難しいと判断した彼らは、ミッチ・ライダーやバディ・マイルスと一緒にやっていたジム・マッカーティ(Gu)と、アンボーイ・デュークスから引き抜いたラスティ・デイ(Vo)を加えて、カクタスを結成する。日本での認知度は高くなかったが、シンプルで乾いた音が持ち味のスタイルは後に登場してくるアメリカン・ハードロックの基盤となったと言える。今回は彼らの特徴が過不足なく表現された記念すべき1stアルバム『カクタス』(’70)を取り上げる。

強靭なリズムセクション

1973年、驚くべきテクニックを持ったベック・ボガート&アピス(以下、B.B&A)の登場は、当時のロックファン(僕も含めて)の度肝を抜いた。それまでに、レッド・ツェッペリン、クリーム、ブラック・サバスなどのグループを体験済みであったにもかかわらず、である。僕は関西のローカルテレビでやっていた洋楽の番組でB.B&Aを初体験した。それはライヴ演奏が中心の『イン・コンサート』という番組で、ある日ドクター・ジョンやジム・クロウチといったアーティストの生演奏を寝転がって観ていた。そして、コマーシャル開けでB.B&Aの演奏が唐突に始まった。演奏曲は「迷信」だと記憶しているが、驚いたのはボガートの手数の多い超絶テクニックのベースプレイと、後ろにでかいドラが吊るされたツーバスのセッティングから繰り出されるアピスの重量戦車級のヘヴィなドラミングであった。気づいた時には画面を食い入るように観ている自分がいた。もちろん、その翌日にはB.B&Aのアルバムを購入していた。

現在50歳代半ば以上のロックファンは、僕のような経験をした人が多かったはずだ。それぐらい、ボガートとアピスのプレイには引き込まれた。今から思えば、彼らはハイレベルのテクニックだけでなく、観ている者を魅了するような“演出”を心がけていたのだろう。当時、ロックグループにおいて、ベースとドラムなどのリズムセクションは、ヴォーカルやリードギター(スタープレーヤー)より前には出ないという暗黙の了解のようなものがあり、それは最強のロックトリオと言われたクリームや、ツェッペリンやディープ・パープルでさえもそうではなかったか。ベースソロやドラムソロで、すごいテクニックを披露することはあっても、あくまでもそれは一部分のコーナーにすぎなかった。ボガートとアピスはスタープレーヤーと同レベルで演奏をリードするという恐るべき自己顕示的なスタイルで、ロックにおけるリズムセクションの立ち位置を大きく変えたのである。

しかし、そういった彼らの持ち味はグループ内の葛藤・分裂につながる場合も多く、現にB.B&A時代のベックはギターソロの途中で割り込んでくるボガートの音数の多いベースに嫌気がさし、カクタスのジム・マッカーティもメンバーの全員が目立ちすぎるという理由でグループを脱退しているくらいなのである。

ヴァニラ・ファッジとカクタス

そんなわけで、彼らが以前に参加していたヴァニラ・ファッジとカクタスにロックファンの注目が集まることになる。

ヴァニラ・ファッジはキーボード&リードボーカルのマーク・スタインとベースのボガートが中心となって67年に結成された。ギターはビンス・マーテル、ドラムはアピスが担当、70年の解散(後に何度か再結成し、現在も定期的にコンサートを行なっている)までに5枚のオリジナルアルバムをリリースしている。67年にリリースされた「キープ・ミー・ハンギング・オン」の大ヒット(全米2位)や、サイケデリックロックを交えたハードロックの原型を創り上げたことで、ロックファンにはよく知られた名グループだ。「キープ・ミー・ハンギング・オン」を含む67年のデビューアルバム『ヴァニラ・ファッジ』(全米6位)はカバー曲中心の作品であったが、クラシックを基調としたスタインのオルガンとアピスの重厚なドラムプレイで、後進のハードロックグループに大きな影響を与えた。中でもディープ・パープルへの影響は大きく、リッチー・ブラックモアはインタビューで「当時はヴァニラ・ファッジのクローンになりたかった」と語っているほどである。

ヴァニラ・ファッジの後、ボガートとアピスが中心になって70年初頭に結成されたカクタスは日本では過小評価が甚だしいグループである。ヒット曲がないせいか、音楽雑誌に取り上げられることはほとんどなかったものの、アメリカのグループらしい乾いた音で奇を衒うことのないブギやハードなロックンロールを得意とした。デビューアルバムから3作目の『リストリクションズ』(’71)までメンバーは変わらなかったが、71年末に前述した人間関係のトラブルからジム・マッカーティが脱退、その後マッカーティと同郷のラスティ・デイも脱退を余儀なくされる。ライヴとスタジオ録音を片面ずつ収録した4作目の『汗と情熱(原題:'Ot 'n' Sweaty)』(‘72)でグループは空中分解し、アピスとボガートはベックと念願のB.B&Aを結成する。

『汗と情熱』録音時に迎えた新メンバー(ギターのワーナー・フリッチングス、キーボードのデュアン・ヒッチングス、ボーカルのピーター・フレンチ)の力量は相当なもので、このメンバーでグループが続いていたら相当の人気グループになっていたのではないか…と悔やまれる。特にフリッチングスのギターは職人的な腕前で、カクタス解散後に加入したピアース・アロウ(CD化希望!)でも素晴らしいギタープレイを披露している。ヒッチングスはカクタスの名前を引き継ぎ、ニュー・カクタス・バンドを結成、1枚アルバムをリリースするもののまったくセールスが振るわず、すぐに解散している。しかし、このグループもスワンプロック寄りの泥臭いサウンドが身上の素晴らしいグループであった。このグループにはブルース・イメージやアイアン・バタフライで活躍した名ギタリスト、マイク・ピネラが参加していたことを追記しておく。

本作『カクタス』について

1970年にリリースされた本作『カクタス』の裏ジャケットには、マネージャーのフィル・バシル、イギリスの大物プロデューサー、ミッキー・モスト、後にカクタスに加入するキーボード奏者デュアン・ヒッチングスなどの他、ジェフ・ベック、ロッド・スチュワート、レッド・ツェッペリンといった有名アーティストの名前がクレジットされている。一緒にグループを結成しようとしていたぐらいなので、ベックやロッドの名前が載っているのは当然なのだが、ツェッペリンについては影響を受けたという意味なのかもしれない。おそらく、彼らはグループの方向性として、ブリティッシュ・ハードロックのサウンドをイメージしていたのだろう。余談であるが、上記の名前が書かれているのはUSオリジナル盤で、日本で最初にリリースされた時はなぜか裏ジャケットが編集されており、曲名表記しかなかった(その後、再発の際にはオリジナルUS仕様に変更されている)。

収録曲は全部で8曲。ロックのアーティストにも信者が多いジャズミュージシャンのモーズ・アリソンの代表曲「Parchman Farm」と、ブルースミュージシャンで名プロデューサーとしても名高いウィリー・ディクソン作「You Can't Judge a Book by the Cover」の2曲以外はメンバーによるオリジナルである。リードヴォーカルとマウスハープは、ラスティ・デイが担当しているが、ボガートもアピスも歌は上手いのでコーラス面で大きな役割を担っており、それがブリティッシュのハードロックグループにはあまり見られないカクタスの大きな魅力のひとつでもある。

1曲目の「パーチマン・ファーム」はカクタスの十八番として知られる怒濤のようなブギナンバーで、特にボガートのうねりまくるベースは圧巻。続くスローナンバーの「My Lady from South of Detroit」とサザンロックテイストの「Bro. Bill」はアメリカのグループでないと醸し出せないアーシーさがあり、後のB.B&Aにも通じる雰囲気を持っている。ハードロックンロールの「Let Me Swim」やアピスのドラムソロが入る「Feel So Good」は、明らかにツェッペリンを意識している。3連のブルース「No Need to Worry」はマッカーティのブルースフィールにあふれたギターが中心であり、シャッフルの「Oleo」では、ボガートの音を歪ませたベースソロが入る。

各楽曲はバラエティーに富み、最後まで飽きさせない構成になっている。カクタスはシングルヒットを狙うより、一枚のアルバムを通してメンバー間の緊迫した真剣勝負を聴かせるということに重きを置いたのかもしれない。彼らはこの後も2作目の『ワン・ウェイ…オア・アナザー』(‘71)、3作目の『リストリクションズ』(’71)まで徐々にバンドとしての整合性を高め、デビュー作に勝るとも劣らない秀作をリリースし、アメリカン・ハードロックのリーダーとして多くの後進グループに影響を与えることになるのである。

僕は、非の打ち所のない整ったサウンドを聴かせるグループが多い昨今のポピュラー音楽界のなかにあって、メンバー内の誰が目立つかという、ある意味で我の強い異種格闘技戦を繰り広げるカクタスという不器用なグループの在り方こそがロック本来の姿ではないかと思う。

TEXT:河崎直人

アルバム『Cactus』

1970年発表作品

<収録曲>
1. パーチマン・ファーム/PARCHMAN FARM
2. レイディ・フロム・サウス・オブ・デトロイト/PARCHMAN FARM
3. ブラザー・ビル/BRO. BILL
4. ユー・キャント・ジャッジ・ア・ブック・バイ・ザ・カヴァー/YOU CAN'T JUDGE A BOOK BY THE COVER
5.レット・ミー・スウィム/LET ME SWIM
6. ノー・ニード・トゥ・ウォリー/NO NEED TO WORRY
7. オウリオウ/OLEO
8. フィール・ソー・グッド/FEEL SO GOOD

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