NPBに選手輩出を 田畑新監督会見 富山サンダーバーズ

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 ルートインBCリーグ・富山サンダーバーズの来季監督を務める高岡市出身の元ヤクルト投手、田畑一也氏(50)は16日、富山市の富山大和で就任会見に臨んだ。社会人野球を辞め、家業を手伝いながらNPB(日本野球機構)の道に進んだ苦労人は、独立リーグの選手たちと自身の姿を重ね合わせ、「厳しくやるのは当然。選手をレベルアップさせてNPBに輩出させたい」と意気込みを語った。

 田畑氏は、28年ぶりに過ごす富山で、地元チームの躍進に力を注ぐ決意を示し、富山弁で「頑張っちゃ」とにこやかに答えた。

 監督就任のオファーを受けた後、1カ月間悩んだという。今季はヤクルトで投手コーチを務めたがチームは16連敗を経験して最下位に終わり、「今年ほど野球が嫌いになったことはなかった」と振り返った。NPBでもう一度腕を振るうか熟考した末、地元・富山で選手を育てる道を選んだ。

 背番号は現役時代、富山市民球場でのオールスター戦登板の際に付けていた「39」を選んだ。「富山で田畑を思い出していただけるとしたらこの番号と思った」と理由を明かした。

 高岡一高を卒業後、北陸銀行に進んだ。しかしけがのため退社し、家業の田畑建工で仕事を手伝いながら軟式野球を続け、ダイエー(現ソフトバンク)のテストを受けて1992年にプロ入りした。ヤクルト移籍後の97年には15勝を挙げ、古田敦也とともに最優秀バッテリー賞を受けた。2012年から巨人、18年からヤクルトで投手コーチを務めていた。

 監督就任を決めた後、田畑氏はBCリーグのトライアウトを見学した。しかし富山県出身者はゼロだった。夢を追い掛けるためにも独立リーグの位置付けは重要であるとし、「富山出身の選手が1人でも2人でも増えるようにしたい」と地元への思いをのぞかせた。

 永森茂社長は「苦労した経験を伝え、持ち前の明るい性格でチームを盛り上げてほしい」と語り、低迷が続く観客動員数の増加にも期待を寄せた。