移動スーパーが「命綱」 商店の閉店、交通機関縮小… 五島市・島民の買い物事情

 地域の老舗商店の閉店や公共交通機関の縮小-。人口減少や高齢化が進む五島市で、「買い物」を巡る環境は厳しさを増している。市内の移動スーパーや、住民組織による送迎支援の現場を訪ね、島民を取り巻く買い物事情を見詰めた。

トラックを降り、客の手押し車まで荷物を運ぶ成松さん(左)=五島市玉之浦町

 1日午後1時前、五島市増田町にある海沿いの集落。1台のトラックがスピーカーで演歌を流し始めると、手押し車や自転車で体を支えたお年寄りが、ぽつりぽつりと姿を見せた。市内の集落を巡る移動スーパーを30年近く営む成松商店(同市木場町)の日常風景だ。代表の成松良一さん(59)が荷台につながる階段を下ろし、「開店」した。
 一番乗りは老人会長を務める北川正治さん(74)。「ここが仕入れる卵がうまいんだよね」と満面の笑みで卵4パックを購入。友人にも配るという。
 「それにしても、すごく助かるのよ」。会計を終えた北川さんが、おもむろに話し始めた。「私はまだ車を運転できるけど、この集落には自分で買い物に行けない高齢者も多い。バスはスーパーまで遠回りの路線が多くて時間がかかるし、高い」。市中心部までは、往復で千円ほどという。
 陳列スペースは、奥行き約5メートル、幅約2メートルの荷台部分。肉や魚、青果などの生鮮食料品、調味料、洗剤などの日用品までがところ狭しと並び、生活に必要な商品は大抵そろう。
 トラックは、大型スーパーから離れた山あいや海沿いの集落を点々と進んだ。停車しても誰も出てこない場所もあれば、数人の客が到着を待ち構えている集落もある。
 日が沈みかけた午後5時ごろ、同市玉之浦町大宝地区を巡回。他の集落と同じように商店はない。道沿いで待っていた寺内孝信さん(71)は病のため体が不自由で、バスに乗るのも難しいという。食料品などを買い込み、つえを片手に歩きながらつぶやいた。「移動スーパーがないと生きていけん。命綱みたいなもんです」

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 五島市内で営業する数少ない移動スーパー、成松商店(同市木場町)の1日に密着した。中心部から離れた集落に暮らす高齢者らの生活を支え続けている。創業29年目。「亡くなったり老人ホームに入ったり。お客さんは3分の1に減り、経営は厳しい」。代表の成松良一さん(59)は、高齢化の波を肌で感じている。

肉や野菜、菓子、洗剤などがところ狭しと並ぶ移動スーパーの車内=五島市玉之浦町

■バスも乗れず
 日曜と祝日を除き、トラック型の移動販売車と、改造したマイクロバスの2台で毎日営業している。同行したトラックは、増田町-田尾(富江町)-上の平-幾久山-中須-小川-大宝(以上、玉之浦町)-太田-琴石(以上、富江町)のルート。走行距離は約75キロで、40人余りが利用した。もう1台は、兄の順一さん(63)が運転し、岐宿町二本楠や玉之浦町荒川などを巡った。
 利用客の声を拾った。
 「子が心配するから、何年も前に車の免許証は返したが、膝が悪く歩くのは大変。移動スーパーの商品は少し高いが、商店街までのバス代と考えれば安い」(田尾地区・72歳女性)
 「数年前まで集落に商店があったが閉店し、今は1軒もない。(体力的に)きつくて、自分でバスに乗って買い物にも行けない」(幾久山地区・83歳女性)
 「息子は島を出て都会で働いている。(市中心部の)福江に娘がいるが、買い物のたびに車を出してもらうのも申し訳ない」(大宝地区・81歳女性)
 運転免許証を返納した後に「足」を確保する難しさや、離れて暮らす子を頼れない親の心情など、過疎地の高齢者が直面する問題が浮かび上がる。

同行取材した移動スーパーの経路

■多少損しても
 多くの客から頼りにされる一方、人口減が進む島での経営は厳しい。市の補助金は、毎日70キロ以上を走行する移動販売車の燃料費や修理費であっという間に消える。「お客さんは減っているのに、車内の冷蔵庫を動かす発電機や、車の燃料代は値上がりする一方」と成松さんは肩を落とす。
 それでも、客をつなぎ留めるための心配りは欠かさない。取材中、成松さんがサービスの缶ジュースを客の手提げ袋に入れたり、特典ポイントを多めに付けたりする様子を目にした。同じ集落内でも、利用客がいれば数百メートルおきに停車したり、客の家まで袋を運んだり。成松さんは「大型スーパーやドラッグストアと価格競争はできないから、多少損をしてもサービスを増やし使ってもらうしかない」と内情を明かす。

■何とか続ける
 密着当日、最後に巡回した富江町琴石地区。とっぷりと日が暮れた午後6時過ぎ、腰の曲がった女性がゆっくりと近づいてきた。1人暮らしの角玉子さん(96)。成松さんが独立する前から約40年の付き合いで、今でも週1、2回利用するという。
 「移動スーパーがなければ、どう暮らしますか」と角さんに尋ねてみた。「住み慣れた自分の家で暮らしたいけど、老人ホームに入らんばいけんでしょうね。今は自分で買い物ができるから、1人暮らしができるんですよ」
 営業終了後、成松さんの自宅。商品の仕入れリストを作っていた妻の真智子さん(58)は「経営は大変だけど、お客さんと仲良くなって話したり、つきたての餅をもらったりして楽しい時もあってね。『薬をもらってきて』『香典を持っていって』と頼まれることもあるんです」とほほ笑んだ。
 成松さんもトラックの片付けを終え、ようやくひと息。「昔は市内にも移動スーパーがたくさんあったけど、今はほとんどやめてしまった。うちも赤字で厳しいが、待っているお客さんがいるからやめられない。何とか続けていきたい」。そう言って、発泡酒を注いだグラスを傾けた。

日没後、買い物を終えて移動スーパーの荷台から降りる高齢女性(左)と、荷物を持ってあげる成松さん=五島市富江町

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