発達障害や精神障害の人が働きづらい社会で、離職せずに続けられる仕事とは?

障害者雇用促進法により、企業には2.2%の割合での障害者雇用が定められています。

それに基づいて、精神障害者の雇用も広まってきていますが、たとえ障害者雇用で就職しても、なかなか職場に定着しないといった課題を抱えているのも事実です。

障害者が特性を活かしてパフォーマンスを発揮するには、労働時間にとらわれない柔軟な勤務体系も必要なのでは?

慶應義塾大学商学部教授で、『新版 障害者の経済学』の著者の中島隆信氏はそう提言します。


入職1年後の定着率は5割を切るという現実

障害者雇用促進法という法律により、企業には雇用すべき障害者の割合が定められています。その割合は、2018年にそれまでの2.0%から2.2%に引き上げられていて、今後2.3%まで上がることも決まっています。

なかでも精神障害者については、2018年に障害者雇用率の制度のなかに正式に組み入れられたのを追い風に、急速に雇用が進んでいますが、入職1年後の定着率は5割を切るなど、必ずしも順調に受け入れられているとは言い難いのが現状です。

体調の波が大きく、勤務が不安定になりがちだとも言われるので、精神障害者を敬遠する企業は依然として少なくありません。

国や地方公共団体には2.5%という法定雇用率が定められているのにも関わらず、障害者雇用を推進する立場の中央省庁の多くが法定雇用率が未達成だと報道されたのは2018年のことでした。

その後、中央省庁では障害者の大規模な採用が行なわれましたが、早くも離職してしまった障害者の職員も一定数に上るとの情報もあります。なぜ、障害者雇用はなかなかうまくいかないのでしょうか。

早くから障害者雇用に関する考察に取り組み、2006年に『障害者の経済学』を、2018年にはその内容を改訂した『新版 障害者の経済学』(共に東洋経済新報社)を著した慶應義塾大学商学部教授・中島隆信氏に、障害者雇用の課題と問題点について聞きました。

職人的な仕事が減ったことが発達障害の人の生きづらさに繋がっている

――中島先生の『新版 障害者の経済学』のなかに「機能不全があっても社会がそれを問題視していなければ障害とはいえず、障害者にもならない」という一節があります。いま発達障害が注目されていますが、正規雇用ではなかなか採用されないから、障害者雇用で就職活動をするために障害者手帳を取得するという人もいて、障害者の定義が以前よりも広がってきているような気もします。

確かにそうですね。身体障害やダウン症など、原因がはっきりした障害に比べると、発達障害は定型発達との明確な線引きがありませんし、精神障害にしても、生まれ持っているものというよりは、社会に出てからうまくいかないことがきっかけで発症するケースが多いですよね。

発達障害が増えた理由としては、おそらく社会の構造として、工場労働とか第二次産業的な仕事がどんどん少なくなっていて、対人的なサービス業などの第三次産業がほとんどになっている。

そうするとマルチな能力が要求されるのですが、発達障害の人が何かひとつ不得意なことがあれば企業人としてアウトになってしまう。そういった難しさが、いまの社会にはあるのだと思います。

――昔は職人的な仕事が多くて、発達障害の人でもそこにうまく当てはまっていたと

はい。ブルーカラーの世界では結構そういう、発達障害のような職人かたぎの人がいたような気がするんですよ。でもホワイトカラーの世界では、ひととおり優れた能力を持っているのが前提で、その上で特に優れた能力は何かという話になるので、どれがひとつが大きく欠けている人は、会社としては使い勝手が悪いという話になってしまうのでは。

――「障害者を生み出しているのは私たち自身である」「私たちの社会が“健常者”の条件を厳格にすればするほど、障害者の数は増えていく」とも書いています。

発達障害の人って、発達障害そのもので社会生活が難しくなるというよりは、会社の中で発達障害的なところを直せと言われて、それがきつくて二次障害的に精神疾患になってしまうというケースが多いんです。

それはある意味では、この社会がその人を障害者にしてしまったということになるかもしれませんね。

発達障害傾向の人はフリーランスの方が働きやすい?

――私は正式に発達障害の診断を受けたことこそないものの、正社員として働いた時には、まったく会社に適応できず、上司からパワハラを受けるようになって、仕事を続けられなくなってしまったんです。しかし、フリージャーナリストとして働いているいまは、自分のペースで仕事ができるので、無理なく続けられています。発達障害傾向のある人は、勤務時間などをきっちり管理されるよりも、フリーランスのような働き方が向いているのでは?

それは面白い指摘ですね。経済学で内部労働市場という言葉があるのですが、会社ってひとつひとつの仕事で完結していなくて、総体で給料が発生するでしょう。

発達障害とか精神障害の方だと、ひとつ仕事が終わるごとに完結して対価が発生し、チャラになってまた次の仕事をする、というほうが働きやすいかもしれませんね。

――障害者雇用では、よく毎日9時から17時まで出勤できる、というのが採用の条件になるのですが、次第に勤怠が安定しなくなって退職してしまう人が非常に多いです。精神障害とか発達障害の人って、生活リズムが安定しなかったり、易疲労性といって疲れやすかったりするのですが、調子のいい時なら高いパフォーマンスを発揮するという人もたくさんいます。出勤時間をきっちり定めないで、ある程度自由にしたほうが、無理なく仕事を続けられるのではないでしょうか?

ほんとにそうですよね。フリーランスで原稿を書いているような人だったら、それこそ深夜に仕事してもいいし、朝早く目が覚めたら早朝からやってもいいし、調子のいいときに仕事ができるじゃないですか。

だけど会社に雇われるとそうはいかない。特に障害者雇用だと、週30時間以上がデフォルトで、週20時間以上30時間未満は0.5人と数えるといった決まりがあるので、労働時間を管理せざるを得ない。そうすると、会社側が管理できる時間に働かないといけないから、深夜に働くとか、家に仕事を持ち帰るというわけにはいかないですよね。

私はそれは実に不適切な規制だと思っているんです。精神障害の方はむしろ雇用契約だけして、勤務形態は自由でいいという形にして、労働時間で管理しないほうがいいと思うんですよ。

労働時間よりも仕事の成果で評価すべき

――障害者雇用では通常週30時間以上、0.5人として換算される短時間雇用でも週20時間以上30時間未満働かなければならないことになっていますが、それより短い時間で済む仕事なんだけど、誰かにやってほしい仕事があったら、週にちょっとだけなら働けるという人とマッチングしたらいいのではないかと思うんです。発達障害の中には、過集中といって、調子のいいときならハイスピードで仕事をできる人もいますし。

そうですね。いまの制度だと労働時間は定められていますけど、ほかの人だったら20時間かかる仕事を15時間でできてしまう人でも、それだと規定の時間に満たないということになってしまうのかと。

それはおかしいから、労働時間ではなく、仕事の成果というアウトプットで評価しないと。そのへんの働き方改革というか、規制緩和は必要だと思いますね。

――企業の障害者雇用の採用の仕方も、その人の特性を見るというよりは、まず週5日、1日8時間来れる人を求めるということになっていて、本当にハンデのある人にまで障害者雇用が届いているのだろうか、という気もします。

多くの場合、会社が本体から雑用的な仕事を切り出して、それを障害者仕事だと定めて、それに合う人を探して来るっていう発想だから、本来の障害者雇用の目的を果たしてないですよね。

その人の能力とか潜在力を見て、それを活かすにはどういう働き方を提示すればいいか、というようにあるべきなのに、そうはなっていない。企業が言う優秀な障害者というのは、企業が用意した仕事を黙々と文句も言わず何時間もやってくれる人、というふうになってしまっていますね。

本当の意味での適材適所になっていないし、型にはまったことができる人しか雇用が進まないというふうになってしまいます。

――いまの形では企業にとっても障害者雇用が負担になってしまっている。

そうですね。ただ障害者のほうもうまく障害受容ができていなかったり、何か問題が起きると全部会社側のせいにするとか、いろいろな問題もあるんです。障害者の側も自分の困難さとか問題性を理解するということをやっていかないと、企業の側もそこまで面倒は見切れないということになってしまいますよね。

だからいまは企業が障害者を雇用する際に、障害者をサポートする担当として、就労支援のNPO法人などがついて、企業と障害者の間の調整役になってもらっているところが多くなっています。

どういうところで調子が落ちるのかとか、どういうときにどういう気分になるのかを自己分析して、企業にもその人の特性を知ってもらう。そういうことは就労支援機関のほうが得意ですから。

企業だけに障害者雇用をやらせようと思ってもうまくいかないので、就労支援機関や事業所の存在が、ますます重要になってくるでしょうね。

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