韓国が破棄を決めた日韓の軍事情報包括保護協定(GSOMIA)が失効するのか、大詰めの局面を迎えている。期限は今月23日午前零時。米国は延長を強く求めているが、日本による輸出管理強化の解除が先だと譲らない韓国と、貿易とGSOMIAは無関係だとする日本の主張は交わらない。17日の日韓防衛相会談も平行線に終わった。もはや失効は不可避で、日韓両国の確執はますます深まっていく。(共同通信=内田恭司)
▽拳を下ろす名分
関係を修復させるには今はこれしかない、というシナリオは存在する。
日本が韓国に何らかの名分を与えた上で、韓国が22日までにGSOMIAの1年延長を決定する。これを受けて日本で外相会談を行い、首脳会談開催の重要性を確認。12月に両首脳が直接話し合い、日韓間のさまざまな重要問題について早期解決を目指す方針で一致する―というものだ。
水面下を含めたこれまでの協議で韓国は、日本が輸出管理強化について、直ちに解除しなくても解除につながりうる姿勢を示せば「総合的な判断ができる」(日韓関係筋)ところまで降りてきている。元徴用工判決を巡っても、今月初めに来日した文喜相国会議長が日本企業に直接の支出を求めない案を示すなど、融和姿勢をにじませてきた。
「姿勢を示す」とは、安全保障上の貿易管理に関する政策対話に応じる姿勢を示すことだ。対話は、機微な情報を含めて意見交換するための定例会合だが、文在寅政権以降、韓国は応じてこなかった。しかし、一連の経緯を受けて逆に開催を要請し、今度は日本が「信頼関係が損なわれた」として応じていない。
この日程が具体化すれば、韓国側は貿易管理体制の状況を説明でき、将来の解除につながりうるため「拳を下ろす名分になる」わけだ。
文議長が滞在中、早稲田大での講演で示した案は、日韓両国の企業や個人から募った寄付金で、徴用被害を訴えた原告を救済するという内容だった。日本企業から強制的に賠償金を出させるものではないため、確かに「日韓請求権協定で解決済み」とする日本の立場と矛盾しないように思える。日本側にも、自民党内などから理解を示す声が出る。
安倍晋三首相と文大統領は4日、訪問先のタイで、約1年1カ月ぶりに着席する形で約10分間言葉を交わした。首相の態度を軟化させたい文大統領の呼び掛けに基づくものだ。
▽出ないゴーサイン
だが、日本側に政策対話に応じる様子はなく、文国会議長案への反応も鈍い。政策対話を巡り、韓国側には、韓国内で強硬派に位置付けられた世耕弘成経産相が交代したため、日本側の対応が改まるとの期待があった。しかし、経産相が菅原一秀氏から梶山弘志氏にさらに代わっても日本側の姿勢に変化はないという。
関係修復シナリオにある日韓外相会談は、今月22、23両日に名古屋で開催される20カ国・地域(G20)外相会合に合わせての実施が想定されている。だが、日韓間でぎりぎりの駆け引きが続き、現時点で何の成果も見込めない中、康京和外相の訪日と外相会合への出席は、18日の時点で発表されていない。
韓国側が融和のサインを出しているのに、日本側に動く気配がないのはなぜなのか。日本政府関係者は「首相官邸のゴーサインが出ないからだ」と明かす。安倍首相は、GSOMIAに輸出管理の問題を絡めてくる韓国の姿勢が「許せない」だけでなく、元徴用工訴訟問題での文国会議長案も「信じていない」のだという。
日本企業は寄付とはいえ、一定の支出を余儀なくされる上、韓国政府は国内向けに事実上の賠償金だと説明する可能性が高く、日本としては到底受け入れられない。
しかも議長案には、今年7月に解散した慰安婦財団に残る6億円近い日本政府の拠出金も寄付金に含めるとの項目が入っている。これは、日本側からすれば「ありえない内容」だ。公金の目的外使用になるだけでなく、日本政府も元徴用工らに対して賠償金を支払ったと、国内外で受け取られかねないからだ。
そもそも文国会議長が案の内容について、大統領府とどこまで擦り合わせているのか不明で、大統領府の承諾を得ているのかも定かでない。しかも原告団には反対論が強く、日本政府として「とても乗れる案ではない」のが現状だ。
▽日韓関係は危機的に
実は韓国の大統領府は安倍首相に、トップレベルによる極秘交渉を呼び掛けてきていた。しかし首相官邸は「過去の経緯」から信頼できないとして拒否した。そのタイミングでの文国会議長による提案だったが、結果として日本側の不信感が増すだけとなった。
別の日本政府関係者が明かす。10月22日の天皇陛下の「即位礼正殿の儀」参列のために来日した韓国の李洛淵首相は24日、安倍首相と会談し、文大統領の親書を手渡した。そこに、元徴用工訴訟と輸出管理強化、GSOMIA破棄の三つの問題について包括的解決を目指したい、ついては官邸と大統領府とで直接話し合いたいと記されていたのだという。
この場合、交渉は北村滋国家安全保障局長と今井尚哉首相補佐官が担うことが想定され、両外務省は外される。親書の内容を聞いた外務省は拒否を強く進言。安倍首相は文大統領の要請を拒否し、正規の外交ルートで進めるよう指示した。
「過去の経緯」とは、2015年12月の慰安婦合意における官邸と大統領府の極秘交渉内容が、文政権になって、外交儀礼に反して公表されたことを指す。慰安婦問題を巡っては、外交ルートと並行して、当時の谷内正太郎国家安全保障局長と、朴槿恵政権の李丙琪・大統領秘書室長が交渉。「4項目の密約」(日韓関係筋)について合意した。
それは①ソウルの日本大使館前の少女像を撤去する②「性奴隷」という言葉を使わない、といった内容だったが、文政権が設置した慰安婦合意検証チームが、わずか2年で「裏合意があった」と暴露。報告書も公表し、合意の履行が困難となっている根拠とした。
こうした経緯から安倍首相は、韓国側が「同じ手を使ってきた」ことで不信感を増幅。元徴用工訴訟問題で日本の主張を完全に踏まえた案が示されない限り、一切譲歩するつもりはないというほど、厳しい姿勢を貫いているのだという。
このままいけば、韓国はGSOMIAを延長せず、23日午前零時に失効。北東アジアにおける日米韓3カ国の安全保障協力と連携の象徴は消える。12月下旬に中国・四川省成都で日中韓首脳会談が予定されているが、これに合わせての日韓首脳会談の開催は全く見通せず、日韓関係はいよいよ危機的状況を迎えることになる。
韓国内ではGSOMIA失効の期限延長や、失効後も維持される「日米韓情報共有に関する取り決め」を強化する案も取り沙汰されているが、弥縫策に過ぎないだろう。
今月10日発売の月刊誌「文芸春秋」12月号で作家の麻生幾氏が、米国は文政権を切り捨て、在韓米軍の撤退か縮小の本格検討に入ったとの論考を発表していた。現実にそうなれば、韓国が「仮想敵国」となる日が本当に来るのかもしれない。