<レスリング>【特集】災い転じて福となす! 驚異のパワーアップで12月に大爆発する!…男子フリースタイル74kg級・成國大志(青山学院大)

【お断り】
 本項掲載の成國大志選手(青山学院大)は、2017年10月の全日本大学グレコローマン選手権で、医師が処方した禁止物質を含んだ薬を服用して体内に入ったものであり、通常の競技者であれば注意を払うべき行為を行っていなかった過誤の程度が「通常」と判断され、ドーピング違反によって1年8ヶ月の資格停止処分を受けました。日本アンチドーピング機構は、大会時に未成年であったことで氏名と所属は発表せず、本ホームページも従いました。《関連記事》

 今回の記事に際し、(1)当初から一般メディアでは実名で報じられていた、(2)すでに資格停止処分の期間を終えている、(3)本人に処分を受けた事実を秘匿する意思はなく、記事掲載に同意している、の理由により、実名にて事実を掲載いたします。《広報委員会》

成國大志(青山学院大)

 各大学のトップ選手が集った全日本大学選手権。57kg級の新井陸人(日体大)ら4選手が8月の全日本学生選手権(インカレ)に続く優勝を飾り、学生二冠王者に輝いた。その中に、圧倒的な強さでインカレのフリースタイル74kg級を制した成國大志(青山学院大)の姿はなかった。インカレの数ヶ月前に胃の病気に襲われており、その後遺症でインカレ後半のグレコローマンを棄権。その体調回復のため、大事をとったからだ。

 “前進のための後退”だ。視線の先にあるのは全日本選手権(12月19~22日、東京・駒沢体育館)。そして、東京オリンピック出場枠獲得。9月の世界選手権(カザフスタン)で奥井眞生(自衛隊)が出場枠を取ったことで、わざわざ外国へ行って出場枠を奪取する必要はなくなった。ドーピング違反による資格停止処分によって蓄えていたエネルギーは、インカレでの爆発のあと、短期の再充電期間を経て12月の大爆発に備えている。

インカレ決勝、2度にわたって相手を軽々と持ち上げた成國=撮影・矢吹建夫

 インカレでの成國は、1年8ヶ月のエネルギーが一気に爆発したかのような強さだった。6試合中、5試合でテクニカルフォール勝ち。全日本選抜選手権3位の三輪優翔(日体大)との試合のみが9-0。「相手は(ブランク明けの自分が相手なので)かえって緊張していましたね。こちらは気楽でした」と笑い、スコアほどの差はないと謙遜したが、ブランクをものともせず勝ち抜く地力は驚異的と言えよう。

 「最初の試合の前は、いろんなことが思い出され、涙が出そうでした。やっとここに戻ってきたなって」。ひじを手術して復帰したプロ野球の投手が、最初の登板の時にひじをマウンド上のプレートにつけて感激に浸るシーンを見かける。そうしたパフォーマンスをしなかったのはアマチュアゆえだろうが、「レスリングが楽しい、と思えるようになりました」と、離れてこそ感じるレスリングへの愛情は、今後の選手生活に大きく役立つだろう。

徹底した筋力アップに費やした1年8ヶ月

 ドーピング違反による資格停止期間中は、練習を全く禁じられているわけではない。試合出場とチームの練習に加わることができないのであり、個人で練習することは制限されていない。その期間の練習といえば、もっぱらウエートトレーニング。「ボディビルダーみたいでした。脚の日、背中の日、腕の日とかをつくって、週6日やっていました」。

今も続けている徹底したパワーアップ・トレーニング

 終わってみれば、「貴重なパワーアップの期間だった」と口にできるが、最初は「落ち込んでしまい、レスリングをやめようと思いました」と言う。その気持ちは、処分が正式に決まった直後の全日本選手権で同年代の選手が活躍する姿を見て、いっそう強くなったという。

 周囲の励ましで持ち直し、パワーアップに力を入れた1年8ヶ月。MAX120kgだったスクワットは210kgへ。グレコローマンでは66kg級、フリースタイルでは61kg級に出場していた肉体は、78kgにまでビルドアップされた(現在は73kg)。その成果が出たのが、今夏のインカレだったのだろう。

 よく「筋肉がつきすぎるとレスリングにはマイナス」と言われるが、そうした面はあったのだろうか。「あまり感じなかったです。むしろ、今まで100パーセントの力でかけていた技が、気持ちの中で半分くらいの力でかかるとかを感じました」と言う。インカレ決勝でも相手を持ち上げて背中から落とす通称“水車落とし”も披露したが、これもパワートレーニングの成果と考えている。

常識にとらわれては、進歩はない! “非常識”に挑戦!

 では、筋肉をつけたことでスタミナが落ちたことは? この答は、「逆に疲れなくなったような気もします」だ。要所で力を入れるタイミングを覚えたことで、そうでない時は流すようになり、無駄なエネルギーを使わなくなったという。「ランニングはあまりしなかったので、走るスタミナは落ちていても、レスリングのスタミナは落ちていないです。インカレでは、全試合、相手の方がばてていました」と言う。

元世界チャンピオンの母が運営するゴールドキッズで、少年選手の相手をする成國

 「相手に力負けせず、スタミナも落ちていない」がこの1年8ヶ月の結論。今も練習の中心はパワーアップで、レスリングの練習は2週間に1度ほど。来月に迫った全日本選手権に向けて、それでいいのか? 成國は「パワートレーニングだけで、どこまで行けるものか、確かめてみたいんですよ」と笑う。

 自らを「実験台」とまで言う。レスリングの基礎のない選手がパワートレーニングを中心にやって勝てる競技ではないが、物心ついたころからレスリングに親しんだ強豪選手が、レスリングではなく、徹底したパワーアップをやったらどうなるかを「試してみたい」と言う。常識にとらわれていては、進歩はない。キッズ・レスリングの全盛期、この“実験”は、新たな強化方法の発見につながるかもしれない。

 その全日本選手権では、オリンピック出場枠を取った奥井もさることながら、三重・いなべ学園高での1年先輩になる藤波勇飛(ジャパンビバレッジ)の存在の方が大きいという。「高校時代は遊ばれていましたが、あこがれていました。自分の心の中では、藤波選手がトップです。どこまでできるのか、自分の成長を見てもらいたい」と、楽しみな様子。インカレでの強さを見る限り、優勝戦線に浮上する可能性は十分にある!

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