名古屋大学の経済学部4年生で、トレードマークは黒縁めがね。高校時代はバレーボール部で、息抜きはアイドルグループの日向坂46の握手会に行くことという。
プロ野球中日から育成ドラフト1位で指名された個性派左腕、松田亘哲(ひろあき)投手は、ノーベル賞受賞者を輩出する名門大から初のプロ野球選手として夢の舞台に飛び込む。
指名後の愛知大学野球リーグの試合後には、サインや記念撮影を求めて松田の前に列ができた。
大学内を歩けば「あれ、松田くん?」と言われ、ついには電車でも声を掛けられるほどに。
そんな周囲の盛り上がりに本人は「僕は変わってないんですけど。まだ何もしていないですし…」と苦笑いの中に戸惑いの表情も浮かべた。
松田との出会いは5月。名大からプロを目指す選手がいるのかと、半信半疑でグラウンドを訪れると「今日はよろしくお願いします」とさわやかに出迎えてくれた。
ブルペンではすっと右脚を上げて投げ込む速球に思わず「いい球やな…」とつぶやいてしまう。プロ志望が無謀な挑戦ではないように思えた。
投球練習を終えて近づいてきた松田から「プロに行くような選手と比べて、僕の球はどうですか?」と問われた。そんな経験は初めてだったが、なんとしてでもプロに行きたいという強い思いが表情から伝わってきた。
小、中学生時代は軟式野球チームに入っていたが「いい投手がいて、投げても3番手ぐらい」と目立った選手ではなかった。
野球に未練もなく、進学した愛知・江南高では仲の良かった友達とバレー部に入部。大学で野球を再開すると球は速く、光るものがあったが、コントロールはひどかった。
「急に四球を連発したり、ブルペンでもネットの上を越えていくこともあった。四球がイニング数を超えていました」という状態。
同学年の捕手、井上尚輝も「3球に1球は暴投。キャッチボールにならなかった。試合でも打たれないリードより、ストライクが入る球を要求していた」と振り返る。
松田の特徴の一つが、投球練習で1球、1球の間合いが長いこと。
投げるとスマートフォンに球速や回転数が表示されるボールを使って数値を確認し「もっと上から投げる意識の方がいいかな」「手首を立てた方がいいな」と、井上や他の投手と言葉を交わす。
試行錯誤しながら試合をつくれる投手に成長し、チームを2部に押し上げた。
名大が野球の強豪でなかったことも、松田にとって幸運だった。ストライクが入らず、試合を壊してしまったことは1度や2度ではない。
「強豪校は人も多い。ストライクが入らないやつはごめんだと言われて、試合経験も積めていなかったと思う。我慢して使ってもらって成長できている」
松田は実戦マウンドで投げながら、高校野球をやらなかった分の経験不足を埋めていった。
10月17日のドラフト当日。無事に指名を受けると「4年間やってきたことが無駄ではなかった」と安堵の思いが胸に広がった。
チームメートの進路が決まる中で「就職活動する方が後悔する」と野球にすべてを懸けてきた。
周囲は文武両道の秀才とみるが、本人はこの4年間の全てを野球に注いできた自負がある。
退路を断ってまでプロの扉をこじ開けようとしてきた熱意も評価されたに違いない。
球団関係者は「(進路を)プロに絞っていなかったら指名していたかどうか。気持ちを感じたところもある」と言う。
「自分がどう抑えるかもまだ見えない」という未知の世界へ。勝負はこれから始まる。
原嶋 優(はらしま・ゆう)プロフィル
2017年共同通信入社。千葉支局での県警担当を経て、18年5月から本社運動部。12月に名古屋支社運動部へ異動し、高校野球、プロ野球などを取材する。大阪府出身。