「子どもが歩きながら突然倒れた——」 マラリア集団感染が発生 患者家族の悲痛な声

エイズ、結核と並び、世界三大感染症の一つであるマラリア。蚊を介して人に感染し、年間40万人以上が命を落としている(世界保健機関発表)。

今年、スーダンの北ダルフール州でマラリアが猛威を振るった。「これほどの流行は過去に例がない」と住民は口々に話す。集団感染に見舞われた州都エル・ファーシルで、患者の家族から話を聞いた。

マラリアの検査を待つ人びと © Igor Barbero/MSF

マラリアの検査を待つ人びと © Igor Barbero/MSF

「息子が2日も言葉を発しませんました」

9歳のタワキル君を看病しているのは、父親のイブラヒム・アハマドさん(49歳)。紛争から逃れて避難民キャンプで生活を送る中、息子がマラリアを発症した。

「息子は歩いている途中で突然倒れたんです。その後2日間も言葉を発さず、とても心配しました。5日前に病院に連れてきました。ここでは医師が30分ごとに様子を見に来ます。

今は回復に向かっていて、言葉も出るようになりました。この子を治療し、無償で薬をくれた医療スタッフの皆さんには本当に感謝しています。国境なき医師団がいなければ、治療費を払えずにいたでしょう。中にはとても高価な薬もあるので……。

雨期に入る前に、あるNGOから家族全員のためにと蚊帳を4張いただきました。ただ、子どもたちは夜中にその蚊帳からはみ出してしまっていたんです。

今年はすごい大雨で、そこかしこに水たまりができています。マラリアはとても危険で、あっという間に感染してしまいます。うちの子も危うく死ぬところでした。幸い、我が家では今回の流行でマラリアに罹ったのはこの子だけです」

10人の子どもの一人であるタワキル君がマラリアを発症。一家は国内避難民キャンプで避難生活を送っている。 © Igor Barbero/MSF

10人の子どもの一人であるタワキル君がマラリアを発症。一家は国内避難民キャンプで避難生活を送っている。 © Igor Barbero/MSF

「これほどの流行は過去に例がない」

フスナ・ウスマンさん(25歳)に抱かれているのは、間もなく2歳の息子モハマド・サミちゃん。ある日、高い熱にうなされたと言う。

「うちの子は高熱が出て、けいれんもしていたので、心配になってこの病院に駆け込んだんです。一秒も無駄にできませんでした。ここに来て今日で3日目ですが、もう回復に向かっています。検査でマラリア陽性であることがわかり、点滴と治療を受けていました。

今年はいつもの年よりもマラリアに感染する人がずっと多いです。これほどの流行はエル・ファーシルでは過去に例がありません。私も今年を含めて、2回感染しました。蚊帳もありますが、皆に行き渡るほどにはないので、1張の中で2~3人が寝ています。

予防策と、無償の薬を提供していただければ、それ以上のことはありません。夫は日雇い労働者なので、仕事のある日もあれば、ない日もあるんです。稼ぎを考えると、薬はとても高価です」

母親のフスナさんはエル・ファーシル育ちで、一家は落花生と雑穀を栽培している。 © Igor Barbero/MSF

母親のフスナさんはエル・ファーシル育ちで、一家は落花生と雑穀を栽培している。 © Igor Barbero/MSF

マラリアから死に至る恐れも

国境なき医師団(MSF)医療活動マネジャーとしてマラリアの集団感染に対応中のアニー・カシュングが、現状についてこう語る。

「マラリアは蚊に媒介される寄生虫感染症です。迅速かつ適切に処置しなければ、重篤化し、死に至る恐れもあります。感染者の症状はさまざまで、高熱、嘔吐、腹痛、関節痛などのほか、一部の重症例では幻覚が生じたり、昏睡や意識不明になったりする人もいます。

雨期はスーダン全域でマラリアによる被害がピークを迎える季節ですが、北ダルフール州は特に深刻です。私たちは、国内でも最大級の人口を擁する都市の1つであり、多数の国内避難民の受入先でもある州都エル・ファーシルなどで日ごろから状況を見守っています。今年はそのエル・ファーシル市内で症例数が急増しました。1年前の同じ時期に比べ、約2倍に上ります」
 

MSF医療活動マネジャーのアニー・カシュング © Igor Barbero/MSF

MSF医療活動マネジャーのアニー・カシュング © Igor Barbero/MSF

ベッドが足りず、テント病棟も設置

「症例の急増を受けて、MSFは9月末に保健省と合同で緊急対応に乗り出すことを決めました。現在は市内の2つの中核医療施設である教育病院と小児科病院が活動拠点です。マラリアの患者さんはとても多いので、その対応を拡充するため、週7日、24時間体制で取り組んでいます。

これらの支援先施設の9月の病床利用率は許容水準の90%超。ベッド1床につき3~4人の患者さんがいた病棟もあります。ひどい混雑だったので、病床数を増やすためにテント病棟を設置しました。

致命的な症例の見落としや治療の遅れを避けるために、来院する患者さんを重症度(緊迫、重症、安定)によって選り分ける仕組みも強化しています」
 

マラリアの患者が急増し、病院のベッドが不足 © Igor Barbero/MSF

マラリアの患者が急増し、病院のベッドが不足 © Igor Barbero/MSF

特に深刻なのは子どもたち

「マラリアは誰でも罹患する可能性があります。市内の住民も近郊の村民も、女性も男性も、地元民も国内避難民も、どの年齢層でも感染します。その中でも脆弱なのは5歳未満の子どもたちです。

この年齢層の子どもは本当に危険な容体で来院します。また、子どもの家族の大半が既に罹患している場合もあります。精神、情緒、身体に影響し、意識不明で運び込まれる子どもや、歩行・発話のままならない子どもも少なくありません。

重症マラリアの子どもは、平均4~5日入院します。まず体重に応じた治療薬の点滴をし、24時間後に容体を見ます。錠剤を飲めるようであれば、さらに3日間それを服用します」

 

危険な容体で来院する子どもが多い © Igor Barbero/MSF

危険な容体で来院する子どもが多い © Igor Barbero/MSF

蚊帳が配布されるものの……

「今回の大規模なマラリア集団感染にはさまざまな要因が絡んでいます。北ダルフール州全体でも、エル・ファーシル市内でも、各所のキャンプに今なお大勢の国内避難民がいます。

市の外の保健医療施設には、市内の施設ほどの対応能力がなく、そこで行われている予防策は大抵、持続的なものではありません。蚊帳は配布されているものの、十分な数を受け取れないか、受け取れるまで時間を要するか、または、適切に使えていない家庭が多いんです。

今年の雨期は昨年の2018年よりも長く激しく、例年は9月に終わるところが、10月まで続いています。そのために水たまりがたくさんでき、大量の蚊が繁殖し、マラリアを引き起こす寄生原虫を運んでいるのです」

過去に類を見ない規模での感染拡大の中、MSFによる懸命の対応が続いている。
 

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