生かされた人々は

©株式会社長崎新聞社

 そのマグロ漁船は、いったん水産大学の練習船に使われたが、やがて廃船となり、東京湾沿いのごみ処理場にうち捨てられた。あわや廃棄物というところで保存運動が起き、1976年にできた展示館に置かれたという▲東京勤務だった10年前、夢の島公園の「都立第五福竜丸展示館」を訪ねたことがある。54年3月、太平洋マーシャル諸島のビキニ環礁で米国が水爆実験を行い、23人が乗った船は死の灰を浴びた▲展示館で聞いた「証言」に胸を突かれたのを覚えている。元乗組員の大石又七さんは、学校や展示館で体験をただ一人、語り続けていた。「語らないと死んだ仲間が浮かばれないから」と▲仲間の多くをがんなどで失った。ご自身もがんの手術を受けたが、助かった。「生かされたんだ」と思ったという▲いま85歳で、脳出血などの影響により証言活動は中断しているという大石さんが、来日の近いローマ法王に手紙を出したと、きのうの紙面にあった。かつて聞いた「思い」をかみしめている▲核兵器廃絶に強い思いを抱く法王に「核実験の被ばく者にも目を向けたメッセージを」と手紙で訴えたらしい。カトリック関係者に限らず、きっと数知れない人が来日を待ち、その言葉を待っている。「生かされた」人々、命ある限り語り続ける人々にどう響くだろう。(徹)

 


関連記事