伝説の「浅草オペラ」を体験

©株式会社全国新聞ネット

浅草オペラ版歌劇「椿姫」の一場面=東京・上野の旧東京音楽学校奏楽堂

 「浅草オペラ」をご存じだろうか。

 大正時代の浅草で公演されていたオペラやオペレッタのこと。高尚な感じがする西洋のオペラやオペレッタを大衆に広めようと、日本的なアレンジを施すなどして熱狂的な人気を集めたが、関東大震災を機に終焉した。

 今秋、浅草オペラをよみがえらせる記念公演「ああ夢の街 浅草!」が発祥の地・浅草を中心に4会場で約1カ月にわたって上演された。「伝説のハイカラ・レビューショー」という触れ込みに引かれ、足を運んだ。

 この日の会場は、上野の旧東京音楽学校奏楽堂。ベテラン活弁士、麻生八咫さんの導きでソプラノ歌手やバリトン歌手たちが登場し、バイオリンやアコーディオンの生演奏で「恋はやさし野辺の花よ」や「コロッケの唄」といった当時の流行歌を芝居付きで歌い継ぎ、時代の空気を立ち上らせる。オペラ「蝶々夫人」のアリアやシャンソン、ジャズも日本語で歌うのも、浅草オペラならでは。子どものころ、母が鼻歌で歌っていた「洒落男」は、懐かしさがこみあげて、歌手と一緒に口ずさんでしまった。

 

 真髄を感じることができたのは、メインプログラムの「歌劇『椿姫』浅草オペラ2019版新編曲」だ。元ネタは、言わずと知れたベルディの人気オペラだが、舞台をフランスから浅草に移し、ヒロインは花魁、恋人は秋田出身の青年に。ストーリーもギュッと短縮し、「乾杯の歌」など聴かせどころは残しつつ、都々逸やラップも飛び交い、ラストは衝撃のどんでん返し―。もう笑うしかない。客席も大喜びだ。和洋折衷の大正ロマンも、浅草のお笑い文化も、たっぷり盛り込まれた“椿姫”だった。

 そもそも、浅草オペラは、日本にオペラやバレエを取り入れた帝国劇場洋劇部が1916(大正5)年に解散し、その部員がそれぞれ一座を結成して浅草に進出したのが始まりで、17(大正6)年に高木徳子一座がミュージカル喜劇を上演したのを機に広がった。田谷力三や藤原義江ら名歌手を輩出し、エノケンこと榎本健一も出演していたそうだ。

 誕生から100年の一昨年に開催した全21回の記念公演が好評だったことを受け、再演を決めたという。

 この日も会場は年配客を中心にほぼ満席で、制作統括の松井康司さんによると、前回の記念公演以上に反響が大きく「やみつきになった」という声も多いのだとか。再々演はそう遠くないかもしれない。(共同通信社文化部・須賀綾子)