「浪速のアンリ」平井将生インタビュー!ガンバの育成、最高のパサー、そして現在

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2008年にAFCチャンピオンズリーグを制し、アジア王者に輝いた日本屈指の名門ガンバ大阪。

当時は西野朗氏(現タイ代表の監督)が指揮し、自慢の“黄金の中盤”を武器に超攻撃的なサッカーを展開。実力と共に人気も博した記憶に残るチームだった。

そんな西野体制のG大阪において、2010年シーズンにJ1で14ゴール(公式戦20ゴール)を挙げたのが「浪速のアンリ」との異名をとったFW平井将生。

平井はG大阪の下部組織から所属し、トップ昇格後、軒並み揃う強力な助っ人外国人FWとポジション争いを経験した。

その彼も31歳となり、現在はJFLのFCマルヤス岡崎(愛知)に所属している。今回は紆余曲折を経験したストライカーに、G大阪ユースやトップチーム時代、そして現在についての話を聞いた。

(取材・文・写真/新垣 博之 取材日/2019年11月3日)

JリーグとJFLの違いとは

――もうバス移動は慣れましたか?バス嫌いで有名だったそうですが(笑)。

バスは慣れないです(笑)。でも意外とバス移動が少ないですし、あっても近い距離なので助かっています。

――直近8試合(第18~25節)で5ゴールと得点を量産されていますが、ロングシュートやヘディングなど“らしくない”ゴールが多いですね。

偶然です。たまたま良いところにボールが来ているだけだと思います。それに自分の得意な形でのゴールが少ないのでまだまだですね。

――JFLの特徴をどのように感じていますか?

3連覇中のHonda FC(その後、4連覇達成)は、自分達でボールを動かせるし、プレッシングも速いです。

攻守において自分達のスタイルをしっかりと持ちながら結果も出しているチームですし、それは今年の天皇杯でベスト8に進出したことからも明らかです。FC今治もそうですね。

他にもボールを繋ぐサッカーをするチームも出てきているんですが、そういうチームはあまり結果が出ていません。なので、ロングボールを蹴ってくるチームが多いのは印象として強くなりますね。

前列中央の14番が平井。チームには現在、元日本代表DF茂庭照幸(後列の左から2番目)も所属する

――JFLへの移籍に抵抗はありませんでしたか?

去年、J3・ギラヴァンツ北九州でプレーしていて、当時の柱谷哲二監督からも「残って欲しい」とは言われていたのですが、自分の年齢的なものも含めて考えました。

マルヤスも去年の12月からは人工芝の専用グラウンドが出来るなど環境が凄く良いので、上を目指せるポテンシャルがあるチームだと思います。

あとは嫁さんの実家が静岡にあるのも理由にありますね。自分の経験をJを目指すチームの選手たちに伝えていきたいという想いもあるので、何とかチームやクラブのチカラになりたいと思います。

――J1・J2・J3・JFL全てのリーグを経験されていますが、どんなところに違いがあるのでしょうか?

FWとしての視点ですが、上のカテゴリーであればあるほどスペースがあるので、ゴールを奪うにはJFLよりJリーグの方が楽かもしれません。

J1だと局面局面の強度は高いんですけど、守備だけにガッツリ取り組むチームはあまりないので。J3とJFLはあまり違いはないと思います。

1番違いがあるのは、J1とJ2の差ですね。J2は直ぐに自陣へ引いてスペースを消すチームが多いですね。J1には自分達のスタイルがあるチームや、ある程度ボールを繋げるチームばかりなので、その差を感じます。

自身が想う“最高のパサー”

――スピードを武器に裏へ抜け出す動きが平井選手の真骨頂だと思うのですが、G大阪ユース時代やプロ入り2年目頃まではドリブラーの印象もあります。変化のキッカケは?

ユースの時も裏への動き出しは得意だったので、ドリブルと動き出しがあればトップチームでも通用すると考えていました。

それと何と言っても、ガンバの中盤に凄い選手が揃っていた。それが全てだと思います。

――平井選手にとって今までで“最高のパサー”だと思うのは誰になるのですか?

二川(孝広/現関西1部・FC TIAMO枚方)ですね。

――ユースの大先輩なのに呼び捨てですか?(笑)

二川ですね(笑)。

得点に直接繋がるようなスルーパスならフタさんで、自分のマークが空いた瞬間に上手く入って来る縦パスやクサビのパスはヤットさん(ガンバ大阪MF遠藤保仁)が圧倒的に上手いですね。

――素人目線だとスピードを武器とするFWはカウンタースタイルのチームの方がハマると思うのですが、そうでもないのでしょうか?

それなんです!

2トップのパートナーが貴史(FW宇佐美貴史/現ガンバ大阪)やルーカス(引退後の現在、ブラジルで建設会社を経営)のようなボールを収められる選手だと凄くやり易いです。

2トップなら周りを見ながら動けるのですが、今は1トップ(3-4-2-1)なので、そこがなかなか難しいですね。

――宇佐美選手からのアシストも多かったと思います。2010年のアウェイでの大宮アルディージャ戦。アウトサイドキックで長いスルーパスからのゴールが印象的でした。

貴史からのパスも多かったですね。でも、あの大宮戦で怪我をしてしまって…。

それから約1カ月で復帰して、痛みを我慢しながらも復帰初戦の湘南ベルマーレ戦で2ゴール獲れました。でも、何か違和感があって我慢しながらやっているとキレを失ってしまって。

次の年は怪我の影響はなかったと思うのですが、知らず知らずの間にトップフォームを崩してしまいました。

――その後、2012年シーズンにアルビレックス新潟にレンタル移籍することを決断されました。

実はあの時、他にも多くのチームからレンタルのオファーをいただいていたのですが、最初その全てを断って「残ります」とガンバには伝えたんです。

でも、そのあと最後にもう1度熱烈なオファーが新潟からあって、その熱意に心を動かされて決断しました。結果を残せなかったのは残念ですが、今でも後悔はなく、行って良かったと思っています。

なぜG大阪から優秀な選手が生まれるのか

――宇佐美選手もそうですが、最近では堂安律選手(現PSV)や食野亮太郎選手(ハーツ)など、G大阪の下部組織出身選手が海外へ移籍するケースがすごく多いです。なぜこんなにも優秀な選手がどんどん輩出されるのでしょうか?

僕の場合はユースの3年間ですが、毎日の練習で1番よく覚えているのは4対2の鳥籠(ボール回し)ですね。

1時間近くやる日も多かったと思います。そして、それが1番上手いのが当時ユースの監督だった島田貴裕(昨年夏からG大阪ユース監督に復帰)さんでした。上手過ぎてボールを奪えなかったですね。

それと、島田さんや鴨川幸司(現G大阪アカデミー・ヘッド・オブ・コーチ)さん、梅津博徳(現G大阪ジュニアユース監督)さんのような育成年代専門の指導者を大事にしているところが大きいと思いますね。

――そんなG大阪ユース初の単身留学生(下宿ユース生)として徳島から中学卒業後に加入されたわけですが、いきなり鼻をへし折られたと伺いました。

中学時代は、四国内では無敵だったはずなのですが、G大阪ユースに入ったら自分が1番下手くそでしたね。

1年生の時はたまにベンチに入れるぐらいでした。2年生の時もスタメンはほとんどなかったんですけど、ほぼ全試合に途中出場できるところまでは来ました。

3年生になってやっとレギュラーに定着したと思ったら…6月頃に前十字靭帯を断裂してしまって。それでもプロ契約してもらえたのは、本当に将来性を見込んでもらったからなので、今でもとても感謝しています。

――平井選手がトップ昇格した年は、6選手が同時昇格して「G6※」と呼ばれましたが、その後ユース出身選手がトップチームに定着できない流れが出来ていました。

自分はFWなので自分の立場でお話しますが、当時のガンバは2トップが両方とも外国人選手だったり、多いシーズンは4、5人の外国人FWが在籍していました。

僕ら日本人のFWが結果を出していたとしても、そういう編成だったので厳しかったですね。ちょうどガンバがJリーグの中でも強豪チームになって来た頃だったので。その状況で我慢できなくて出場機会を求めてレンタル移籍をする。

同期のFW岡本英也(現関西1部・FCティアモ枚方)はその例で、アビスパ福岡へのレンタルで結果を出して、鹿島アントラーズに引き抜かれましたからね。

ユース出身のFWがガンバのトップに定着できたのは貴史ぐらいです。それだけ厳しい競争がある環境だと思います。

※G6とは?→2006年からトップに昇格した平井、岡本の他、DF安田理大(現J2・ジェフユナイテッド市原千葉)、MF横谷繁(現J2・ヴァンフォーレ甲府)、DF植田龍仁朗(現J3・ロアッソ熊本)、DF伊藤博幹(中国リーグ時代のレノファ山口FCで活躍後、2012年に現役引退)の6人組の愛称

――平井選手やMF橋本英郎選手(現・FC今治)はプロ入り5年目でレギュラーに定着し始めた選手だったのですが、現在はプロ入り2、3年目で海外移籍したり、あるいはもう完全移籍で出ていく流れです。どんどんサイクルが速くなっていますね。

今はアンダー世代の代表で海外の選手やチームと対戦する機会が多いです。そこで色んな刺激があるでしょうから、周囲の影響も大きいと思います。今は21歳でも“若手”ではないと、誰もがそう思う時代ですから。

今、参考しているのは「あのFW」

――G大阪では当時の西野監督から「アイツは先発起用したら1試合で1点は獲る。でも、ガンバのFWはそれだけではダメだ」と言われていたようですが、実際は? 

それは守備の部分やポストプレーですね。その時は自分の身体も華奢だったので、もっと体幹トレーニングをやっていれば…と今となっては思います。

――「浪速のアンリ」との異名がついていたり、フェルナンド・トーレス選手が理想と報道されていましたが、現在は?

あまり観てないですね。実は(それらの情報は)メディアが作ったところもあるので(笑)。

でも、今はリヴァプールのロベルト・フィルミーノ選手は好きですね。“周りを活かせるFW”と言うのは目指すところです。

――それは現在のマルヤスでの役割も関係しているのでは? 

それはありますね。正直、今のシステム的(3-4-2-1)に裏に走ってもあまりパスが出て来ないというのがあります。

1トップだと自分が落ちてシャドーが前に出ていくので、フィルミーノのように落ちて周りを使う方がチームが上手く回りますからね。意識している部分です。

――中学時代はプルミエール徳島SCという地元クラブに所属されていたのですね。女子サッカー・INAC神戸レオネッサ所属のMF吉田凪沙選手も所属していたクラブですね。

凪沙とは仲良しなので連絡もマメにとってますし、地元出身選手は特別ですから。地元出身選手だけのグループLINEも作ってます。凪沙を取材してやってください(笑)。

――了解しました!ではJFLも残り2試合、今週末はホーム最終戦の流経大です。最後に意気込みをお願いします! 

飽き性だと言われる自分ですが、サッカーは6歳で始めた頃から今で26年間続いています。それはゴールの喜びが全てです。

自分のゴールで勝てるように、そして、そのゴールの瞬間を多くの方々と共用したいと思います。応援よろしくお願いします!

平井選手にお話を伺ったのは、JFL第26節・FC大阪戦直後のピッチサイドだった。

彼にとってFC大阪の和田治雄監督はG大阪時代トップ昇格後3年目までのコーチ。試合終了後はかつての恩師と2人で座って話をする姿も見られた。平井選手はG大阪では集会がある際に幹事役を務めていたことでも有名で、今でも古巣の選手や関係者、サポーターが観戦に訪れることもよくあるという。

和田監督は、「僕にとってのショーキはいつまでも18歳のままです」、と仰っていたが、サッカーを始めた頃から今もゴールの喜びを忘れていない平井選手。その姿を長く観ていたい!

FCマルヤス岡崎は今週末の11月24日、JFLの今季ホーム最終戦で流経大ドラゴンズ龍ケ崎と対戦する。