山ではケガやトラブルの「リスク」はつきもの
登山中に「体調不良」や「ケガ」などに見舞われた経験がある方も多いのではないでしょうか。登山の機会が増えれば増えるほど、トラブルのリスク機会も増加します。
私も『バテて足運びがヨレヨレ(俗にゾンビ歩き) 』になったことがあり、そんな時はつまづき易くなったり、フラついたりと、思い当たるフシがあります。
大切なのは未然に防ぐこと
転倒などは「単なる不注意」と済まされがちですが、実は、疲労やエネルギー不足によるパフォーマンスの低下で、注意力や足運びが散漫になって起こるということも多いのです。
そこで今回、【山でのトラブルを未然に防ぐ方法】を知るべく、国際山岳医であり「日本登山医学会 認定山岳医委員会」の委員長である草鹿(くさか)教授に、効果的なエネルギー補給のイロハを教えていただきました!
実際に山で起きたトラブル
対策方法の前に、実際に山で発生するトラブルにはどのようなものあるのでしょうか。
ライター三宅
早速ですが、山でのトラブルって具体的にはどんなケースが多いのでしょうか?
草鹿教授
まず、ケガで見ると、特に下山時の転倒やスリップによる「擦過傷」「挫創(ざそう)」「挫傷(ざしょう)」「骨折」などですね。 部位では「足(足首)」「腕(手首)」「頭部」がメジャーです。
※「挫創」は外出血、「挫傷」は内出血する傷、例外的に「擦過傷」は外出血でも「傷」を用いる
ライター三宅
頭部というのは落石ですか?
草鹿教授
いえ、転倒などによって頭部を打ち出血する「頭皮の挫創」です。 頭皮は想像以上に出血するため、要治療者がパニックを起こし易いんですよ。
ライター三宅
確かに頭部からの多量の出血を想像するだけでめまいがしそうです…
骨折箇所はどこが多いのでしょうか。
草鹿教授
足首や手首の骨折が多いですね。折れた骨が皮膚を突き破る「複雑骨折(開放骨折)」も少なくないです。
体調不良の原因は?
ライター三宅
次に山での病気ですが、どのようなケースがあるのでしょう?
草鹿教授
圧倒的に多いのが「持病」ですね、特に「心臓疾患」や「糖尿病患者」。その他、COPD患者 (慢性閉塞性肺疾患) は高所障害が起きやすく、喫煙習慣があれば禁煙は基本です。
ライター三宅
なるほど、持病のある方は担当医と要相談ですね。
持病がない方の体調不良はどうでしょう?
草鹿教授
主には、脱水症状、疲労、足攣り、低血糖(シャリバテ/ハンガーノック)、前夜の深酒や睡眠不足などがあります。
ライター三宅
これらは持病とは異なり、何らかの対処法はありそうですよね?
草鹿教授
まさにそのとおりです。登山中の適切なエネルギー補給によって変わってきます。
カロリー消費量はフルマラソン以上!?効率的なエネルギー補給方法
前述のとおり、疲労やエネルギー不足によるバテは、注意力や足運びを疎かにさせトラブルリスクを増加させます。そのためには、身体を動かし続けるために必要なカロリー摂取が重要。
しかし、ただカロリーや水分を摂取するだけでは不十分なんです。効率的にエネルギーを補給するためにはどのような物を選んだらいいのでしょうか。
草鹿教授
山では平地より多くのカロリーを消費します。 例えば、体重60kgの成人男性の1時間あたりの登山における消費カロリーは、500~600kcal程度。つまり、6時間の登りでは、3,000~3,600kcalが必要となります。
ライター三宅
そんなにカロリーを消費するんですか。フルマラソンで2,500~3,000kcalと言われてますので、山ではそれ以上になるのですね。
草鹿教授
マラソンで「30kmの壁」と聞いたことはありませんか?これは多めの食事などで溜め込めるカロリーが約2,000kcalと言われており、そのエネルギーが枯渇するのがおおよそ30km辺りだからなんですよ。
ライター三宅
なるほど、そういうことだったのですね。では、山では積極的に行動食を摂取しないといけない訳ですね。
草鹿教授
そう、行動食によるカロリー補給は、重要な登山テクニックのひとつなのです。
お奨めは、ナトリウムやカリウムを多く含むナッツ類、ドライフルーツ、梅干し、昆布などの海藻類。そして、即効性のエネルギー源であるおにぎりなどの炭水化物を、水分と共にこまめに摂取する事です。
ライター三宅
つまり、「梅干しや昆布が具のおにぎり」というのは行動食にぴったりということでしょうか?
草鹿教授
そのとおりです。
日本の古 (いにしえ) からの携行食であるおにぎりは、登山において理想的な行動食と言えます。
その他、チョコレートもエネルギーに変換されやすいのでオススメですよ。
ライター三宅
なるほど、おにぎりって理に適っているんですね。
ところで、ナトリウムやカリウムはどんな効果があるのでしょう。
草鹿教授
ナトリウムやカリウムなどの電解質は、体内の浸透圧調節や神経伝達、筋肉の収縮といった役割を担っていて足攣り対策に効果があるんです。発汗によって失われるため、積極的な補給が必要です。
ライター三宅
行動食として「ナッツ」や「ドライフルーツ」は定番ですが、どういう効果があるのかを知ることで、より上手に摂取できそうですね!
ドリンクにも違いがあることを覚えておこう
ライター三宅
水分補給も非常に重要だと思いますが、ドリンクにもポイントはあるのでしょうか?
草鹿教授
はい、まずスポーツ飲料は「アイソトニック飲料」と「ハイポトニック飲料」の2つ大別されます。「アイソトニック飲料」は人の体液と浸透圧が同じもの、「ハイポトニック飲料」は体液の浸透圧より低い飲料のことです。
運動中はハイポトニックの方が、広範囲の消化管粘膜からの速やかな吸収が期待でき、脱水状態には効果的だと言われています。また、お茶系はカフェインレスの麦茶などが好ましく、緑茶などはカフェインにより脱水が進むため推奨しません。お茶自体はハイポトニック飲料ですが、電解質や糖類は一切含まないので、何かを食べながら飲むことが望ましいです。
ライター三宅
不足するものを行動食で補うということですね。
飲料摂取のタイミングはどうでしょう? 私はかなり低頻度なのですが…
草鹿教授
雨天や寒冷地では水分摂取を怠る傾向にありますが、運動で脱水は進んでいきますので、「コマメ」に意識的に摂るようにしましょう。
ライター三宅
よくわかりました。「ハイポトニック飲料やカフェインレスの麦茶などを意識的にコマメに摂る」ですね!
草鹿教授
しかし1点注意してください。水やお茶が中心の水分補給は体液成分がより薄まり、足攣りやバテに繋がりますので、スポーツ飲料との併飲にくわえ、先に紹介した行動食を摂取するようにしましょう。
トレーニングは日頃の積み重ねが大事
登山中のエネルギー補給を「燃料」とすると、その受け皿である「身体」もとても重要となってきます。 体力があることは、登山の安全性をより向上させることに直結します。どんなことを意識したらいいのか教えていただきましょう。
草鹿教授
登山においては「登りは心肺機能」「下りは筋力」が特段要求されます。先に伝えたとおり転倒は下りに多い。 転倒を未然に防ぐには日頃の筋力トレーニングと持久力向上が重要なんです。
ライター三宅
毎週末登山に行く場合はどうでしょうか。
草鹿教授
週1回程度の登山では体力向上効果は不十分のため、平日のトレーニングが大切です。
階段の昇り降りや坂道など、積極的に筋肉に負荷を掛けることで、筋力と持久力向上に繋がります。
ライター三宅
なるほど、やはり普段の積み重ねが安全登山に役立ってくるわけなんですね。
草鹿教授
通勤時やすきま時間などに意識的に取り込み、少しずつでも良いので継続していきましょう。
それでも万が一ケガをしてしまったら
日々の努力により体力向上し、行動食をしっかり摂取していても、不測の事態に見舞われることもあります。そんな「万が一」にはどのように対処したら良いのでしょうか?
草鹿教授
当然ケガの内容によって様々ですが、擦過傷などであれば清潔な水で患部を洗うこと。
打ち身などの場合は、痛みの程度を以って登山の継続可否判断を行います。
ライター三宅
冒頭で「頭皮の挫創」は出血が多くパニックになり易いとのことでしたが、その場合も何か対処法はあるのでしょうか?
草鹿教授
大抵の場合は強く圧迫することで止血します。そのことをしっかり理解しておきパニックになるのを回避しましょう。
対処手順としては、水で患部を洗浄し清潔な布やタオルで断裂部をしっかりと押さえる。非常にシンプルです。
ライター三宅
なるほど、万が一の際、この処置法を思い出し冷静に対処することが重要ですね。
前述の複雑骨折の場合はどうすべきでしょう?
草鹿教授
緊急対応が必要ですので、基本的には近くの山岳診療所や警察、消防に救助要請すべきです。無理な自力下山は感染症の合併リスクもあり危険です。
出血が少ないケガや捻挫程度なら、患部の保護や固定で自力下山もできるでしょう。
登山ギアを有効活用しよう
草鹿教授
もっとも簡単な方法としては、万が一の転倒に備え、「頭部保護のためにヘルメットをかぶる」こと。 そして、「トレッキングポールでのバランス補助」。 これは岩稜帯などに限らず、低山・里山でも推奨します。
ライター三宅
なるほど、それは確かに誰でもできる簡単な方法で、かつ効果が高いですね!
草鹿教授
頭部保護は深刻な事故を回避できる確率が高まりますし、トレッキングポールによる四足歩行での負荷分散は、疲労軽減や足攣り予防にも効果があり、且つ転倒しにくくなりますよ。
備えあれば憂いなし、安全係数を上げよう!
せっかくの登山も、ケガや体調不良になってしまっては楽しむどころか逆に深刻な事態になりかねません。 今回、草鹿教授から教えていただいた内容は、いずれも少しの安全意識の向上で取り入れられるものばかり。 自身のため、そして、あなたの無事の下山を待つ人のためにも、ぜひ積極的に取り入れてみてはいかがでしょうか。それでは皆さま、どうぞ良いハイクを!
教えてくれた人
■草鹿 元
日本登山医学会理事
認定山岳医委員会 委員長
自治医科大学附属さいたま医療センター脳神経外科教授
栃木県勤労者山岳連盟 野木山想会副会長