即売却で100万円以上の利益も、「ロレックス異常人気」を支える投機的思惑

スマートフォンやスマートウォッチの普及もあり、腕時計は必需品というより一種の“ファッション”化したたようにも見える今。

しかし時計が「オワコン」になったかというと、そうでもないようです。スイスの高級時計は値上がり傾向にあり、ロレックスなど一部の人気ブランドは、「リセール」と呼ばれる転売価格が高騰しています。一般社団法人・日本時計協会によると、2018年の日本の腕時計の市場規模(推定)は8,208億円と前年より3%増えました。前回記事に引き続き、不思議な時計市場のメカニズムや、初心者の時計との付き合い方について、日本を代表する時計ジャーナリストの1人にして時計専門誌『クロノス日本版』編集長の広田雅将さんに聞きました。


携帯性が高く、売りやすい

――いまやスマホですぐ時間が分かる時代で、いつも時計を着けていない人も増えたように見えます。なのに、高級時計の「プレミア度」が上がっているのはちょっと不思議です。特に株や不動産のように、ロレックスのような高級ブランドを「リセール」、つまり転売で儲けようと考えて買う人も少なくないです。他の高級商品とはちょっと違いますね。

広田:リセール(価格)は、「欲しがる人の数」で決まっているというのが大きいです。例えば靴やカバンは使うと痛みます。でも時計は基本的に金属でできているので、そんなに痛みが出てこない。また、時計は「流動性」が極端に高いですよね。

――小さいので車や不動産のようにかさばらず売りやすい、ということですね。

広田:シンガポールなど外国に持って行って、すぐ売れますよね。そういう物は宝石か時計しかありません。そして宝石はいま、真贋を見分けるのが難しくなってきています。

――中でも、前回もおうかがいしたとおり、リセール市場におけるロレックスの異常な人気は、素人目にもちょっと不思議です。嘘かまことか、「冒険家など危険地帯に行く人は、いざという時の換金手段のためにロレックスを着ける」という話も……。

広田:そういう話は、昔は実際にあったみたいですね。クレジットカードが使えない地域に行った際など、時計は流動性が特に高いので、貨幣みたいな感じで使えるからでしょう。

ロレックスは、特に世界的に見てもスポーツタイプの製品が世界的に人気ですよね。時計としても素晴らしいブランドですが、それとは関係ないところで価格が吊り上がっているのは、個人的には残念だったりします。その背景には投機(=リセール)目的もあるし、「(店に)並んでも買えないのなら、もっとお金を出す」という人もいるからでしょう。

このロレックスのリセール人気は、一言では説明しきれない部分があります。1つには市場にある数が多いということ。値段も高く流動性も担保されているので、安心して売り買いができるのです。

さらに、ロレックスは時計として「ちゃんとできている」ので、シャビー(みすぼらしい)な個体が無い傾向にあります。中古品を買っても安心できるのですね。デザインも非常にアイコニック(象徴的)なので、「ロレックスを買った」と分かりやすい。こういった要因があると思います。ただ、ブランドが永遠にこの状態かと言われれば、分からないですね。

こうした高級時計の異常な値上がりは、すごくシンプルに言えば単純な「カネ余り」が原因です。世界経済において「(商品などの)生産量」に対して、お金の増える量がはるかに多いからです。比較的バブルの起きやすい状態が続いている。その中でビットコインよりも、時計という実態のある物の方がお金持ちにとっては投資しやすい、ということですね。

「若者の時計離れ」は本当?

――確かに、日本でも「若者の時計離れ」などと言われる反面、時計の売上高自体は下がっていなかったりしますね。逆にスイスブランドなどは値上がり傾向にあります。

広田:(日本での)時計の売り上げも、実はそんなに悪くないのです。スイス時計で言えば日本市場はいまだにトップ5に入りますし。

ただ、日本における「若者の時計離れ」は事実でしょう。1つには若い人の可処分所得が下がっている点があります。よく「時計の値段が上がった」と(日本で)言われますが、海外の人からすると、上がったという意識はないのです。(時計メーカーが)設備投資をすれば時計の価格も上がりますが、スイスやドイツなどは賃金も上がっているので相殺されます。スイスのフランは明らかに昔より強くなっていますから。

でも、実は日本の方は(経済)成長していなかったのです。特に若者は給料が安い中で携帯料金を払い、彼女とデートに行ったり居酒屋などを使っていたりしたら、とてもじゃないと(時計に)お金は払えない。(時計離れには)携帯電話の普及も原因として大きかったと思いますが、日本企業の生産性の(伸びの)低さもあったと思います。いわゆる車離れや時計離れと言われる物には、実は日本社会の構造的問題があるのです。

若い世代でも、お金のある人の中から今も高級時計好きが出てきているとは思います。ただ、あくまでメーンユーザーは上の世代ですね。

――時計業界を盛り上げる立場の広田さんですが、とても冷静な分析ですね……。一方で、若者や初心者が冒頭で出たように、趣味と実益を兼ねてリセールによる「一攫千金」を狙い高級時計を買ってみるというのは、、アリでしょうか?

広田:確かに時計は資産として価値がありますが、(投資対象としては)世界景気に左右される非常に難しい物です……。例えば米中対立の結果、中国市場の購買意欲が下がったりすることもあり得ます。ロレックスの「デイトナ」は、少し前は(新品を)買った瞬間に転売すれば100万円以上の大きな儲けが出るほどでしたが、実は今、売値は落ちています。

(仮想通貨の)ビットコインほどとは言いませんが、時計のリセール市場もまた、かなり不安定なのです。価格が極端に動くので、普通の人が(リセールでの収益を)狙って出せるものではない。投資としての安定性に関してはダメですね。

――うまい話は転がっていないのですね……。それでも高級時計の世界に興味を持った若い人や初心者は、どんな感じで付き合い始めるのが良いですか?

広田:初心者の入り方は、ファッションなど自分の好きな物を選べばいいと思います。1万円でも1,000円でも、値段は関係なくとりあえず着けてみればいい。着け心地がまず大事なのです。自分にとって時計が「快適」かどうかは、人によって違いますから。

時計はビジネスマナー?

――ただ、「こういう場面ではこんな時計を着けるのがビジネスマナーだ」などと、上司や先輩に言われたことのある人もいると思います。実際に守る必要はあるのでしょうか?

広田:今や、ビジネスマナーとしての時計の着用も無くなったと思います。ビジネス上、着ける意味が全く無いわけではない。ただ、着けていないことをとがめる人ももういないでしょう。逆に、今は時計を「自由」に着けて良い時代なのだと思います。

そして、マニアの言うことはあまり聞かない方がいいです(笑)。私も同じなのですが、いっぱい時計を持っていて毎日付け替えているんですね。だから自分に合う、合わないと言うことに対して「甘く」なっている傾向がある。

それよりも、初心者は自分の腕にしっくりくるかどうかを大事にした方がいいです。極端な話、時計好きな人間にならないまでも、身に着ける物なので、「触って気分が良いかどうか」を大事にしなくてはいけません。こういった身体感覚は時計に限らず、衰えてきている気がしますね。

――高級時計も気楽に楽しんでよいのですね! ただ、ビジネス書などではいまだに「仕事ができるようになりたい営業マンは、高い時計を着けるべき」といった主張も目にしますが……。

そういう考え方もあるし、何となくそれで自信が付けばいいと思います。でも、時計はしょせん、時間を見るための道具です。ゆるい感じで付き合えばいいと思う。そして特に「流動性」が高い、どこにでも持って行きやすい物ですから、楽しみやすいですよね。車やゴルフなどとも違う趣味として、「あり」だと思いますよ。

広田雅将(ひろた・まさゆき)時計ジャーナリスト。時計専門誌『クロノス日本版』編集長。共著に『ジャパン・メイド トゥールビヨン-超高級機械式腕時計に挑んだ日本のモノづくり-』(日刊工業新聞社)、監修作品に『100万円超えの高級時計を買う男ってバカなの? 』(東京カレンダーMOOKS)など。

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