平壌の学生は戦争を望んでいない

 民間交流で分かった「平和になったら自由に海外へ」

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 南北・米朝首脳会談の実現で対話路線へと急展開した昨年からは打って変わって、2019年は米朝の非核化交渉が難航し、朝鮮半島が緊張状態に逆戻りするのではという懸念が広がっている。ところが、筆者が大学生交流に同行して平壌を訪れた8月、現地の若者から出た言葉は想像もしないものだった。「平和な世界になったら、パスポート無しで北東アジアを自由に行き来したい」。昨年の対話路線への転換は、平壌の若者たちを未来志向に変えていた。主催する非政府組織(NGO)「KOREAこどもキャンペーン」への同行取材を2012年から続けている筆者にとって、外国との友好関係の先に平和な未来を夢見て語る彼らの姿は新鮮に映った。これまでも北朝鮮の体制の変化は少なからず学生の言葉や表情に影響してきた。交流の軌跡を振り返りながら、日朝の若者がどのように対話に向き合ってきたか報告したい。

意見交換する日本と北朝鮮の大学生=8月26日、平壌市内

 ▽人道支援

 活動のきっかけは20年以上前にさかのぼる。北朝鮮で1990年代半ば、大規模な洪水被害による深刻な食糧危機が起きた。国連の呼び掛けに応じ、このNGOの前身団体が食糧支援などを実施した。ところが、ミサイル発射や拉致問題が明るみに出ると、日朝関係は冷え込んだ。  つながりを絶やしてはいけないと、NGOは、2001年から絵画展「南北コリアと日本のともだち展」を開始。日朝の児童が絵を交換して互いを知る機会をつくった。現在は中国や韓国も訪れ、子どもたちが描いた絵を一堂に展示するイベントを毎年催している。

 NGOでは、児童だけでなく青年たちが直接語り合う場も必要だと考えた。そうして12年から始まったのが大学生交流だった。絵画展実行委員会の代表で、大学生交流開始に関わった日本ユネスコ協会連盟顧問の米田伸次氏(83)は「人と人が触れ合う場がないと相互理解はできない。対話の地道な積み重ねが将来、関係改善を生むと思った」と振り返る。交流相手は平壌外国語大の日本語を専攻する学生たち。情勢悪化で中止となった17年を除いて毎年行われ、日朝双方からの参加者は延べ約120人に上る。

 ▽進展

一緒にバレーをする日朝の学生たち

 平壌市内を観光し、昼食には名物の平壌冷麺を食べ、郊外の景勝地を散策する。交流は15年から3日間の行程が定着。今年はバレーボールの試合などスポーツも一緒に楽しんだ。

 1時間程度で切り上げられ、話題も制限された12年当初には考えられなかったことだ。交流進展の背景には、金正恩体制が教育改革の一環として進める外国語教育の強化もあったとみられる。ただ、それだけではなく、交流を重ねることで平壌外大側の理解が深まったことも影響しているようだ。大学側の受け入れ責任者は「国の体制や立場が違いながらも共通点を探すことができる場になっている」と評価していた。

平壌冷麺を食べる日朝大学生

 会う前は緊張していた学生たちが仲を深めるのは、あらかじめ用意された場所よりも、移動中のバスの中や一緒に食事をしている時間だ。大人の目から離れ、ペアになって会話する。互いにスマートフォンで写真を撮ったり、学生生活や恋バナなどをしたりしながら打ち解ける様子は毎回見られる光景だ。中央大1年柏木日菜子さん(19)は「休日の楽しみ方も笑いのツボも一緒だった」とうれしそうだった。

 ▽隔たり

 ところが、交流最終日近くになって、日本人に緊張が走った。案内人から北朝鮮が短距離弾道ミサイルを発射したことを知らされたのだ。

 3年前、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)が発射された時の様子を思い出した。不安に駆られた日本人学生が平壌外大生に言った。

 「私たちには脅威で、発射成功を喜ぶのは理解できない」

 「やめてほしかったら在韓米軍を駆逐して」

 こう平壌外大生が気色ばんだのが印象的だった。互いに乗り越えがたい隔たりに直面した機会になった。

 今年は激しく反論されることはなかったようだ。立命館アジア太平洋大3年の堀口亜子さん(20)が発射実験の理由を聞くと、平壌外大生は「自衛のための訓練です」と冷静に説明した。「攻撃しないから絶対に大丈夫」とおもんぱかるように話す人もいた。

意見交換する日本と北朝鮮の大学生

 交流の目玉は意見交換会だ。安全保障や歴史認識など、日朝間に横たわるさまざまな課題をテーマにする。

 拉致問題の話題ではこれまで、「解決済み」という北朝鮮の公式見解以上の言葉は平壌外大生からほとんど出てこなかった。が、今年は違った。

 早稲田大4年伊地知英志さん(22)が「拉致被害者とは別人の遺骨が返ってきた。安否を明らかにすべきだ」と訴えると、熱心に耳を傾けていた平壌外大5年閔京武さん(21)は「共和国(北朝鮮)では認定されていないので、日朝両方の研究者が共同で検証したら良いと思う」と提案した。

 同5年羅国哲さん(22)は「安倍晋三首相の言う条件なしの対話で、まずは国交正常化すべきだ。人的交流が活発になって自然と解決に向かう」と主張。昨年も参加した日本大4年宮内大河さん(24)は「日本との関わりに前向きな考えが飛び出たことに驚いた。同世代から聞け、希望を持てた」と話した。

 平壌外大の学生が、在日コリアンへの差別に抗議する場面もあった。北朝鮮では、日本の朝鮮学校の幼稚部を幼保無償化の対象外とする対応を批判する報道が連日されていると説明。その上で「日本政府が本気で関係改善を望んでいるとは思えない」と残念がった。

 ▽友人

 平壌の若者にとって、日本人との交流はどのような経験として心に残るのか。2014年に参加した日本語教師の趙明心さん(27)は昨年、こう語ってくれた。「敵対する国の人と親しくなれないと思っていたのに仲良くなれたのが嬉しかった。若いと柔軟です」。彼女は日朝関係の進展を楽観視できないとしながらも、「時々、みんな元気かなと思い出しては懐かしい気持ちになる。再会を諦めずに自分ができることを頑張りたい」と話した。

 筆者はこれまで、同じ平和を希求しながら、実現の方法や考えの違いに対立し、戸惑う学生たちを多く見てきた。それでも彼らは諦めずに、自分たちの世代で現状を変えていこうと約束する。その情熱は、また会える未来を望む気持ちから出てきた友情なのだと思う。

 人道支援の段階から活動に従事する、NGOの筒井由紀子事務局長はこう話す。「出会いの積み重ねは平和構築への第一歩。誰でも、友人が笑顔でいることを願うし、友人の国とは戦争したくない。交流を続けることが一番の安全保障だ」

 隣国と信頼関係を築き、自由に往来できる未来に期待する北朝鮮の若者に屈託はなかった。草の根の交流は両国間の問題解決に直結するものではない。しかし、芽生えた絆は強いものだ。いつか新しい日朝関係が築かれる時、彼らが希望の懸け橋となるはずだ。(共同通信=渡辺夏目)