-なぜジェイソンは病院にいるの?
足にひどい感染を起こしたからだよ。
-なぜ足に悪い病気があるの?
足を切ってしまい、そこから感染を起こしたんだ。
-なぜジェイソンは足を切ってしまったの?
アパートの隣の廃品置き場で遊んでいたら、そこにとがったギザギザの鉄くずがあったからだよ。
-なぜ廃品置き場で遊んでいたの?
荒れ果てた所に住んでいるからだよ。そこの子どもたちはそんな場所で遊ぶし、誰も監督していないんだ。
-なぜそういう所に住んでいるの?
彼の両親にもっと良い所に住む余裕がないからさ。
-なぜ余裕がないの?
お父さんは仕事がなくて、お母さんは病気だからさ。
-仕事がないって、なぜ?
彼のお父さんはあまり教育を受けていないんだ。それで仕事が見つからないんだ。
-それは、なぜ…。
カナダの公衆衛生庁は健康に及ぼすさまざまな社会的な要因、つまり個人では解決できない環境や社会的背景を「ジェイソンの寓話(ぐうわ)」に込めて解説している。子どもと大人の会話は、貧困や生活環境、社会的な支援の有無、教育などが、その人の健康を左右することを暗示している。
自問を繰り返したあの日の記憶を、医師は呼び起こした。
もう5年はたつだろうか。救急当直をしていた夜、腹痛を訴える40代の患者が運び込まれた。
急性膵炎(すいえん)。酒の飲み過ぎで体に負担がかかっていたことは明らかだった。普段から多量に飲酒しているらしく、アルコール依存症とも診断した。
もう少し酒を自制すれば、こんなにひどくはならなかったはずだ。
身から出たさび。自己責任。そんな言葉で病因を語るのはたやすかった。ただ、それだけで問題を片付けていいのだろうか。
患者は1人で子どもを抱え、年老いた父親も養っていた。
昼間の仕事より割のいい夜の飲食店で働いていた。もともとは酒が好きではなかった。客との付き合いもあり、やむを得ず飲んだ。
体力的にもきつかった。自分が置かれている状況を相談する相手もいなかった。
朝、帰宅してもすぐには寝付けなかった。次第に疲れがたまり、気持ちが晴れないことが多くなった。不眠は続いたが、病院に行く余裕はなかった。
眠るため昼間から酒を飲んだ。やがて飲まずにはいられなくなった。
医師は投げ掛ける。
「自己責任。それだけが問題なのか」
◇ ◇
かつては看護専門学校も併設していた宇都宮市医師会館は、同市戸祭4丁目にある。その5階建ての建物に4人の医師が集まったのは7月17日夜だった。
「今、僕らは下流で待ち構えて患者を診ている」。同市医師会の社会支援部が最初に開いた会合で、片山辰郎(かたやまたつろう)会長が患者と医療の関係を川の流れに例えた。
「中流、さらにはその上流にも疾病の要因がある。そこまでさかのぼり何とかできないだろうか」
部会立ち上げの意義を説く会長の言葉に、医師たちがうなずいた。
健康を脅かす要因は病気など生物学的な理由だけではない。貧困や孤立、差別などの格差。人々を取り巻くさまざまな環境が要因となって疾病を引き起こし、あるいは悪化させる。
近年ますます多様化し、複雑に交錯する社会的な要因。そこに医療の立場からアプローチする活動が医師会内で始まった。こうした取り組みを「社会的処方」と呼ぶ。
「始まりは小さな部会だが、大きく育てたい」と片山会長は言う。医師たちの挑戦が始まった。