プロ野球巨人の原辰徳監督は3度目の監督就任で、初年度からチームを5年ぶりのリーグ優勝に導いた。
担当記者として、初めて1年間取材した私は視野の広さや度量の深さをまざまざと感じさせられるとともに、プロ野球のあるべき姿を実感した。
シーズン序盤。原監督は多くの選手を起用した。あえて起用しているのではと聞くと「もちろん。ベンチにも緊張感が生まれる」と言って、座ったままのけぞって「こうやって見る選手もいなくなるから」と話した。
決まった選手だけを起用して勝っても、チームの地盤は固まらない。リーグ優勝に向けた布石は着々と打たれていたのだと今振り返ってみても感じる思考だった。
6月29日に秋田で行われたヤクルト戦前だった。
当日は日中から土砂降りの雨で開催が危ぶまれた。試合開始予定1時間前の午後5時もまだ強い雨が降っていた。ベンチに現れた原監督が報道陣と談笑した中でのことだ。
三回途中で降雨コールドゲームになった場合などは消化不良になりそうなものだが、原監督の考えは違った。
「でも、見に来てくれた人は喜ぶじゃない」。即答だった。年に何度もあるわけではない地方開催。試合が成立せずとも楽しみにしていた人がいる。現場にいると埋没して考えが至らなさそうなところまで目を向ける監督の度量を感じさせられた。
監督通算1000勝を達成した7月30日の試合後も勉強させてもらった。
巨人の監督の重圧を聞くと「重圧は先を考えると生まれるものだ」と答えた。
私事になるが、取材で質問をするときなどは、相手の心に響いてちゃんと返答がくるかな、と結果を考えて緊張してしまう。いわば欲が生まれて体が硬くなるのだ。
野球にしても何にしてもそうだと思うが、ちゃんと結果が出るのかな、と思ったときには勝負に負けている。百戦錬磨の監督から学んだ仕事への姿勢だった。
原監督にとってチームとしての理想像は「リーダーがたくさんいるチームが強い。自立したリーダーが何人いるか、本当に大事だと思う」という考え方だ。
組織において、自立した人の割合が高ければ高いほど強いのは間違いない。
今季の巨人は若手の増田大輝や若林晃弘と昨年までは埋もれていた若手の才能が開花し、優勝の原動力となった。
来年の巨人は今季15勝の山口俊投手がメジャーに挑戦することになり、戦力ダウンは免れない。しかし、采配以外にも深い考えを張り巡らせる原監督の「人間力」には、一取材者として期待してしまう。
白石 明之(しらいし・あきゆき)プロフィル
2010年に共同通信入社。プロ野球日本ハム、阪神を担当し、サッカーなども取材。16年に本社運動部に戻ってからは巨人を担当。早実高、早大時代は野球部に所属した。埼玉県出身