日本柔道を蘇らせた男・井上康生の独特な指導法とは

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井上康生

そこに秘められたドラマをあなたはまだ知らない

柔道全日本男子監督、井上康生。

彼の取材は意外な場所から始まった。それは大学の研究室。井上は今、柔道全日本男子の監督であり、准教授でもあるのだ。

自身の母校である東海大学で、後進の指導、育成にあたり、慌ただしい日々を過ごしている。とはいえ、代表監督の仕事を疎かにしているのかと言えば、そうではない。

ロンドン五輪の不名誉な結果を受け、監督に就任。4年後のリオ五輪で2つの金を含む全階級でメダルを獲得という快挙を成し遂げた。

井上は、日本柔道を蘇らせた。そして、当然のように契約延長、と思いきや続投するかかなり迷ったそう。そんな時、井上の背中を押したのは妻だった。

2008年、当時タレントだった東原亜希さんと結婚。井上は、現在4人の父親でもある。代表監督であり准教授。でも、家ではごく普通のパパなのだ。

4年で日本柔道を再建した井上。その理由の1つが独特な合宿メニュー。自衛隊での訓練や、和の心を重んじる書道の稽古も取り入れた。

さらに、他競技の首脳陣と食に関する情報交換を積極的に行い、いいと思ったものはなんでも柔軟に取り入れる。 柔道という枠に留まらない指導法が井上の特徴。

効果の程は、今年の世界選手権でも明らか。金2つを含む、7つのメダルを獲得。来年の東京五輪に向け、準備は着々と進んでいる。

9月、井上はミャンマーにいた。白バイに先導されるVIP待遇の移動を経てやってきたのは競技場。そこでは柔道大会が催されていた。

大会が終わるやいなや井上は、道着に着替えて柔道教室が始まった。金メダリストに、直接稽古をつけてもらえるとあって大盛況。

しかし、なぜミャンマーで教えているのか?実は井上は、今年4月にNPO法人を立ち上げ理事に就任していた。柔道を通して、国内外の青少年の育成と交流事業を柱とした活動をしている。このミャンマー訪問も、その一環だ。

若人と稽古で汗を流す、衰え知らずの41歳。その表情は、あの日の柔道小僧そのものだった。

1978年、井上は3人兄弟の末っ子として宮崎に生まれた。 柔道を始めたのは5歳。警察官だった父・明さんの影響。

小学生の頃から、柔道エリートとして常にトップを走ってきた。その陰にはいつも、母・かず子さんの姿があった。

しかし、シドニーオリンピック前年、井上は大事な試合を勝ちきれずにいた。そんなとき......ずっと支えてくれていた母が突然の他界。母の死が、忘れかけていたものを思い出させてくれた。

井上は、貪欲にがむしゃらに代表の座を勝ち取り、悲願の金メダルを獲得。表彰台の一番高いところの景色を母に見せることができた。

選手として出場したシドニーから20年。監督として迎える東京は、井上にとって、柔道人生の集大成。貪欲に頂きを目指す。