「第2のアラブの春」はイラクに? 忍び寄る危機   原油生産減少長期化なら日本経済に試練

By 藤和彦

イラク南部バスラで、警察車両を燃やす反政府デモ隊(AP=共同)

 世界各地で政情不安が起きている。6月の逃亡犯条例改定案に端を発した香港の大規模デモについて連日報道されているが、中東でも「アラブの春」が再来する気配が高まっている。米国の制裁に苦しむイランで11月中旬に過激な抗議デモが発生し、国際社会が問題視し始めているが、筆者が注目するのはイラクで10月上旬から続いている大規模デモの方である。

 ▽デモ発生はシーア派地域に集中

 イラクでは一向に改善しない生活環境への不満が大規模な抗議デモに発展し、死者が300人を超える事態となっているが、収束する気配がまったくない。

 特徴的なのは、デモの発生がイラク中部以南のシーア派地域に集中していることである。シーア派の支配層に対して、同じシーア派の若者達が反乱を起こしているのだ。

 中東情勢に詳しい佐々木伸氏によれば、イラクの人口4千万人のうち、米軍侵攻のあった2003年以降に育った若者の比率は60%に達すると言われている。社会の大多数を占める若者達は、大学を卒業しても就職先が見つからず、不満の矛先が「自国の豊富な石油資源の売却による国家収入が一部の支配層に搾取されている」ことに向けられている(11月12日付「Wedge」)。

 今回の大規模デモは「史上初の草の根運動」と指摘される。宗教や政治派閥に関係なく「社会正義」の実現を目指した動きになっており、多くのイラク人が「初めてのレジームチェンジ(革命)の機会だ」と考え始めている。11月6日付ニューズウィークには「政権基盤が盤石とされていたムバラク大統領が失脚した2011年のエジプトと同じような様相を呈してきている」との観測が出ていて、そのことも気になる。このようにイラクでは「第2のアラブの春」が勃発しかねない状況なのである。

 デモ参加者には油田が集中する南部バスラの石油産業労働者が含まれている。イラク最大の港であるウンム・カスルは妨害活動のせいで一時閉鎖される事態に追い込まれた。世界の原油情勢を配信しているOILPRICEは11月18日、「デモ隊はさらにイラク最大油田での操業を妨害するために幹線道路の封鎖を開始している」と報じた。

 イラクは8月の原油生産量が日量497万バレルを記録するなどOPEC第2位の生産国となっており、南部のバスラから日量約350万バレルの原油が輸出されている。政情不安が激化するとその輸出が長期間ストップしてしまうかもしれない。

攻撃されて煙を上げるサウジアラビア東部アブカイクの石油施設=2019年9月(ロイター=共同)

 ▽サウジアラムコIPOが抱えるリスク

 日本の原油輸入の4割を占めるサウジアラビアの政情も心配である。

 9月14日の石油施設への大規模攻撃にもかかわらず、サウジアラビア政府はサウジアラムコの新規株式公開(IPO)を強行しようとしている。  ペトレイアス元CIA長官は、15日の米ニュース局CNBCのインタビューで、サウジアラビア政府がサウジアラムコのIPOを急ぐ理由について「原油価格下落による財政赤字にもかかわらず軍事予算を大幅に拡大したことで同国の外貨準備は底を尽きつつある」ことを指摘した。

 サウジアラビアの第3四半期の財政赤字は86億ドルとなり、前年同期の4倍以上となった。サウジアラビアのジャドアーン財務相は「2020年の財政赤字は約500億ドルに拡大し、GDP比6・5%に達する」との見通しを示している。

 是が非でも成功しなければならないサウジアラムコのIPOだが、「サウジアラムコの石油施設が再び攻撃に遭うのではないか」との不安がよぎる。アルジャジーラの報道によれば、イエメンの反政府武装組織フーシ派(フーシ)とサウジアラビア政府との間で終戦に向けての非公式協議がオマーンで開催された。ところが、サウジアラビアが主導するアラブ連合軍は、手のひらを返すように再びイエメン西部のホデイダやフーシが実効支配サアダ県への空爆を再開した。

 これに激怒したフーシ側は「このまま攻撃を続ければ、サウジアラビア及びUAE領域内に対する攻撃を再開する」と警告を発している。石油施設に対する攻撃が再び行われれば、サウジアラムコのIPOは「一巻の終わり」となり、サウジアラビアは建国以来の非常事態に陥ってしまうかもしれない。

サウジアラムコの石油関連施設=2018年5月、サウジアラビア東部ラスタヌラ(ロイター=共同)

 ▽第3次石油危機、日本は…

 さらに、石油施設への攻撃のダメージは短期間で回復するとしても、政情不安による原油生産の減少は長期化する可能性がある。第3次石油危機勃発の懸念が頭をよぎる。

 1978年末に発生した革命によりイランの原油生産(日量560万バレル)が大幅に減少したことから、世界の原油価格は3倍に急騰した(第2次石油危機)。第2次石油危機により、物価は上昇したものの、当時の日本経済は深刻な不況に陥ることなく危機を回避できたとされている。

 だが現在の日本経済は当時とは状況が大きく異なる。少子高齢化が進み、経済そのものの足腰が弱くなっている。「失われた10年」以降、長期化したデフレ脱却のために、大量にマネーが放出された。もし第3次石油危機が発生すれば、激しいインフレが生じるなど、日本経済は大混乱に陥ってしまうかもしれない。(独立行政法人経済産業研究所上席研究員=藤和彦)

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