心霊スポットで有名なトンネル 近代遺産の歴史的価値は?

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曲がりくねった道を登るとレンガ積みのトンネルが姿を現す=姫路市香寺町相坂

 兵庫県姫路市香寺町にある「相坂隧道(トンネル)」をご存じだろうか。大正時代に建造された、知る人ぞ知る近代遺産だ。しかし近年、インターネット上では「恐怖の心霊スポット」「オカルト好きに有名」といった表現が並び、違う意味での知名度が先行している。ここは地元記者として、100年もの間、地域の生活を支えてきた隧道の正しい歴史的価値を伝えなくてはなるまい。(井沢泰斗)

 JR播但線香呂駅から西へ約2.5キロ。相坂集落を抜け、車1台が通れるほどの細い山道を登ると、アーチ状のトンネルが現れた。

 心霊スポット巡りには少し肌寒い11月初旬、元高校教諭で、住民グループ「香寺町史研究室」を主宰する大槻守さん(85)=姫路市=と相坂隧道を訪ねた。

 「十数年ほど前から、若者が心霊スポットと言って来るようになってね」と大槻さんが苦笑いする。辺りは雑木が茂り、風で葉が擦れる音しか聞こえない。トンネルに一歩入ると、空気は冷たく、確かに何かが出そうな気もする。

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 現在はトンネルが貫く相坂峠はかつて、その険しさから「通行をせき止める」という意味で「セキド」と呼ばれた。江戸初期に峠の反対側で谷山集落の開墾が始まり、人々は険しい1キロほどの山道を上り下りして集落を行き来した。江戸後期、「相坂村の与右衛門」が私財をなげうって新道の整備に乗りだし、その名残は今もトンネル脇に残る。

 相坂隧道は1921(大正10)年に完成。当時の香呂村長が主導し、年間村予算の半分に迫る約2万円を投じた。JR香呂駅近くにある西播煉瓦会社が作ったレンガをアーチ状に積んだトンネルは高さ2.9メートル、幅2.45メートル、長さ70メートル。ツルハシやトロッコを使い、人力中心の工事だった。

 開通後、荷馬車やリヤカーで移動できるようになり、谷山集落に電気が通った。相坂村からトンネルを通じて夢前、山崎町(現宍粟市)につながる県道80号も整備された。大槻さんは「歴史的に重要なトンネル。近代遺産としてもっと注目されるべきだ」と話す。

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 トンネルを西へ抜けた先の谷山集落を訪れた。10軒ほどの民家が小川沿いに立ち、昔ながらの貴重な里山の風景を残しつつ、崩れかけた空き家も目に付いた。

 集落で最高齢という女性(87)は「昔はトンネルを通って学校に通ったけど、今は子どもの声も聞こえない。もうちょっと広い道ができたらいいのにねえ」。

 トンネルは住民にとってシンボル的な存在ではないのか? 相坂自治会の駒田孝司会長(71)は濁した。「親しみはあるけれど…」

 昔は通学路や中学校のマラソンコースとなり、今も秋祭りでは屋台の擬宝珠を外してトンネル内を抜けるのがなじみの風景だ。しかし、道幅の狭さから朝の通勤時間帯は抜け道を求める車で渋滞し、緊急時に救急車や消防車両も通れない。

 「残念ながら今の交通事情に合ってない」と駒田会長。「地元としてはトンネルを無くしてでも新しい道を造ってもらいたい」と本音を口にした。

 実はトンネル脇にバイパスを通す県の計画がある。トンネル西側の道路を拡幅する段階までは進んだが、現在は凍結状態。県姫路土木事務所は「南の須加院を通る市道ができて利便性が高まった上、県の財政が厳しくなった。事業として消えてはいないが、人口が増えて需要が高まらなければ再開は難しい」とする。