意味がない共通テストの数学記述式

大学入試センター試験でリスニング用の機器が配られる=1月、東京都文京区の東京大学

 大学入試共通テストへの英語民間試験導入は延期することになり、また国語の記述式問題に関しては「採点」の公平性をめぐって大きく揺れている。これに対して、数学の記述式に関しては、“穴埋め式”の解答を求めることで、公平性を担保できるという情報が流れている。

 そもそも数学の記述式問題で問うべき力は、最後の答えに至るまでのプロセスをしっかり書けるかどうかである。穴埋め式は本質的にマークシート式と同じで、それを記述式と称して入学試験が行われることは理解できない(導入の経緯に関わる問題や方法の欠陥については11月15日の本欄「共通テストの数学記述式に重大な問題」で詳しく述べた)。

 この際、問題だらけの共通テストは見送り、従来の大学入試センター試験を延長して、その間に大学入試全般を見直すことを訴えたい。以下、その理由を述べる。

 2014年に行われた千葉県立高校入試の国語で、地図を見ながら道案内する文を書く問題が出されたが、半数が0点だった。背景には次のような事情がある。

 以前の中学数学の教科書と比べると、最近のそれは解答全文を書かせる証明問題が激減している。「平行」とか「三角形」といった単語を穴埋め式に書かせることで図形の証明を終わらせてしまう教育もある。

 証明の前段階にある「作図」に至っては、かつてはコンパスと定規を使う「手順」を説明する「作図文」をしっかり書かせていたが、最近は省略している場合も多い。

 重要な定理や公式がどうして成立するのかを考え、導くという過程は軽視され、定理や公式を暗記させ、それに当てはめて答えを出すだけという教え方が主流となっている。

 一昔前ならばあり得ないものであり、だからこそ前述の高校入試のように過程を含めて考えたり、説明したりすることができないという現象が起きている。

 11年に日本数学会は大学生約6千人を対象に「大学生数学基本調査」を実施した。その中で「偶数に奇数を足すと必ず奇数になることを証明せよ」という中学2年レベルの問題もあったが、惨憺たる結果であった。例外は、入試の2次で記述式の数学を課している一部の大学の学生ぐらいであった。

 結果を踏まえて日本数学会は、12年2月に数学教育への「提言」を発表した。その中で大学に対しては「数学の入試問題はできるかぎり記述式にする。1年次2年次の数学教育において、思考整理と論理的記述を学生に体得させる」よう求めた。

 提言を受けて、多くの大学の入試に記述式問題が出されるようになったかといえば、そうではなかった。新たに、記述式の数学入試を本格的に取り入れた大学は、知る限り、私の勤務する桜美林大学だけである。

 そうした状況の中で、共通テストの数学に記述式問題を導入することになったわけである。だが、事態は悪い方向へ推移している。日本の教育政策は1990年代半ばから大きく揺れ動いてきたが、比較的柔軟に対処して、誤りがあったときには軌道修正してきた。今回もそのような“過ちを改むるにはばかることなかれ”という対応を望みたい。

 以下、そのような例をいくつか挙げる。

 「ゆとり教育」の前後、優秀な高校数学教員の一部を家庭科の教員にしたことがあった。「ゆとり教育では数学をあまり必要としなくなる」という理由だった。数学教員の採用も極端に少なく、高校ではゼロという県もいくつかあった。優秀な学生が教員になる夢を諦めた。大学教員として辛い思い出である。

 現在は逆の動きが起こっている。昨年末ごろから、大学の特に文系学部に関して、経済産業省、経団連、政府の教育再生実行会議などから、数学を重視するべきとの提言が矢継ぎ早に出されている。

 ゆとり教育では、小学校の算数でかけ算を2桁同士までで終らせてしまった。その結果、2桁×3桁のかけ算の成績が急落した。私は当時から3桁以上のかけ算の重要性をドミノ倒し現象などを用いて訴えていた。2006年に文部科学省の専門家会議の委員に任命され、その考えが報告書に盛り込まれて、改善された。

 内申書や面接を重視する推薦入試やAO入試において、学力テストが禁止された時期もあったが、現在は推奨されて、学力を確かめるのに役立っている。

 大学入学定員に関する政策も近年になって転換した。文科省による定員厳守の“指導”によって、定員割れの私大が減っている。このような時にこそ、各大学は個別入試で数学の記述式を採用するといった改革に取り組むべきだろう。

 そのとき、絶対に忘れてはならないことがある。それは諸外国と比べて極端に多い「数学嫌いの学生」の気持ちである。数年前、学生から言われた言葉は忘れられない。

 「苦手な者でも本心は数学をよく理解したいんです。苦手な者は理解する必要はない、答えの当て方だけ覚えて試験をパスすればいいというのは、苦手な者をバカにする態度です。それがなくならない限り、多くの学生・生徒が数学好きになることはありません。理解の遅い人に合わせた教育もできるように、体制を変えてほしいです」

 短時間・一斉の共通テストで、マークシート式とさして変わらない記述式を採用したところで、この学生の願いにつながらないのは明らかであろう。(桜美林大教授=芳沢光雄)

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 よしざわ・みつお 53年東京生まれ。東京理科大教授を経て現職。数学・数学教育。「『%』が分からない大学生」など著書多数。25年前から各地の小・中・高校で出前授業を展開し、大学での講義と合わせて約3万人の学生・生徒に教えてきた。

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