「胸のない母の姿…子どもが傷つくのでは」 若年性乳がん 悩み語り合う 長崎県内で初開催

若年性乳がんの悩みを語り合う参加者=長崎市坂本1丁目、長崎大学病院

 就職、結婚、出産といった人生の節目を迎える20代、30代で乳がんになった女性たちが、悩みを語り合う場が全国各地で開かれている。主催するのは当事者らでつくる若年性乳がん患者の支援団体「ピンクリング」。11月上旬には長崎県内初の「おしゃべり会」が長崎市内であり、若い女性特有のつらい経験や必要な支援について意見を交わした。

 2日、長崎大学病院の一室に乳がん経験者4人、医師、ピンクリング西日本支部のメンバーら計12人が集まった。

 「摘出手術で胸を失い温泉などで裸になれなかった」「胸のない母の姿を見て子どもが傷つくのではないかと思い、一緒にお風呂に入れなかった」。経験者たちは口々にこう打ち明けた。別の女性は「摘出手術で終わりではなく、その後数年かけてホルモン治療などが続いた。先が見えず、身体的にも精神的にもつらかった」と告白した。

 若年性乳がんは人生の節目と時期が重なり、他の世代とは異なる悩みも少なくない。その一つが「妊娠する力(妊孕性(にんようせい))」の問題。治療でダメージを受け、将来子どもを授かることが困難になるリスクもあるという。同支部のメンバーで未婚の女性は「卵子を凍結保存した」と述べたが、費用が高額に上り断念したとの声も聞かれた。

 県外には、卵子保存や外見のケアの費用を助成している自治体もあるが、県などによると本県にはないという。長崎大大学院医歯薬学総合研究科の腫瘍外科学乳腺内分泌グループ、松本恵助教は「国が女性活躍や少子化対策を進めようとするのであれば、こうした分野にも行政の支援が必要」と強調する。

 長崎県医療政策課によると、2015年の長崎県内の乳がんの新規患者数(女性)は931人で、このうち「AYA世代」と呼ばれる15~39歳は38人だった。ほかの世代と比べて患者数が少なく、悩みを共有する環境が整っていないことも課題とされている。

 参加者からは「乳がんを告知された時は『なぜ私が…』という気持ちでいっぱいだった。先の人生のことは全く考えられず、事実を受け止めるまで時間が必要だった」との声が相次いだ。同支部代表の井上裕香子さん(38)は「おしゃべり会は前向きになるのではなく、今の自分に気付くことが大切。悩みや体験をお互いに共有し、『こう生きたい』と考えるきっかけにしてほしい」と話した。

参加者は乳がんになって失ったものを書き出した=長崎大学病院

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