話題の解説者・お股ニキが読む今季WSのポイント アストロズは「ちょっと依存…」

アストロズのジャスティン・バーランダー写真:Getty Images】

ツイッターから人気沸騰、謎の解説者が「Full-Count」に登場する全3回

 令和元年も残すところ1か月あまり。今年、“野球本”界で大きなセンセーションを巻き起こした作品に「セイバーメトリクスの落とし穴 マネー・ボールを超える野球論」がある。著者は、お股ニキ氏。野球経験は中学の部活までで、しかも先輩と喧嘩になって途中退部してしまったという。だが、著作は発売と同時に大きな話題を呼び、野球ファンのみならず、ソフトバンクの千賀滉大投手らプロも愛読書として手にしている。

 そんな謎の解説者・お股氏が「Full-Count」でおなじみのラジオ番組「NO BASEBALL, NO LIFE.」にゲスト出演。MCを務める「SCOOBIE DO」のオカモト“MOBY”タクヤ氏、音楽スコアラーの久保田泰平氏らと、野球談義に花を咲かせた。大いに盛り上がった収録の一部を「Full-Count」で全3回にわたってご紹介。第2回は「2019年ワールドシリーズと“人を読む”」をお届けする。

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 ツイッターや著書を通じて、新たな野球の見方を提案するお股氏が「万能変化球」と呼ぶのが、スライダーとカッターの中間のような動きをする「スラッター」だ。打者の手元までフォーシームと同じような軌道で到達しながら、縦に変化するスライダーのような動きを見せるスラッターは、シャーザー(ナショナルズ)、バーランダー(アストロズ)ら、メジャーの一流ピッチャーが好んで使う球種でもある。そのスラッターを武器とする投手が多く集まるのが、今季ワールドシリーズ(WS)に進出したアストロズだ。

「最近色々騒がれていますが、それはそれとしても、僕、アストロズっていいチームだな、自分好みの野球をするなと思っているんです。ピッチャーなんか好きなタイプが揃っていて、大体が僕が言うところのスラッター気味、縦のカットボールや速い縦スラ的なボールを投げる。でも、それにちょっと依存じゃないですけど、画一的に多くの人が使いすぎた部分があるかな、と」

 2017年以来2度目の世界一を目指したアストロズだが、WSではナ・リーグ覇者のナショナルズに一歩及ばず。2連敗後に敵地で3連勝し、V王手を懸けたが、再び本拠地で連敗して涙を呑んだ。その一因として、お股氏はスラッターへの依存を挙げている。

 ナショナルズの優勝は「意外でしたよ」と本音を明かすが、「よくよく見るといいチーム。ソトは本でも結構褒めたんですけど、レンドンもめっちゃいいバッター」と評価。シーズン終盤は猛攻を繰り返したナショナルズ打線が、アストロズのスラッター投手陣に「逆方向への打撃で対応してきたなと思います」と分析する。特に、右打者が打球を引っ張らずに反対方向に打ち返すバッティングで突破口を開いた。

お股氏が考える「データ:感覚」のちょうどいい割合とは…

「アストロズのピッチャーはみんな一緒でしたよね。投げるボールの軌道も似てますし、メジャーの打者だったら対応してくる。スラッターは、右バッターだったら(意識が)レフトスタンドに向いて、ストレート狙いのところに落とすとハマるんですよ。でも、レンドンが(本来なら)セカンドゴロのようにシフトのいないところに打ったり、ソトもA・カブレラも方向へ打った。あのWS第7戦のケンドリックのライトポールに当たった打球とか、よく千賀投手が打たれるホームランですよね。外角カットの打ち方って、大体あれなんですよ」

 先発にはバーランダー、コール、グリンキーら、ブルペンにはオスーナ、ロンドン、ピーコックらを擁し、メジャー屈指の投手陣を誇るアストロズだったが、投手のタイプが偏り、バラエティーに欠けたことが落とし穴となってしまったようだ。アストロズと言えば、メジャー30球団の中でも屈指のデータ収集・分析力を持つチーム。データ上でも有効性が認められているスラッターを偏重したことが裏目となったのは皮肉なものだ。

 それではデータはどこまで取り入れるべきなのか。そして、選手や監督、コーチらが実際の経験から掴んだ感覚は、どのくらい考慮すべきなのだろうか。お股氏はDeNAのラミレス監督と同じ「データ8:感覚2」を選択した。

「ラミレス監督がよく言う8:2、イメージ的にはその辺かなと思います。世の中の全てを数値化しようとすれば、できなくはないかもしれない。もっと進んでいけば、目には見えなくて“あるかもしれない”程度に思われていたことも数字で表せるかもしれない。人間の感覚とか技術とかも含めてデータ化できるかもしれない。究極のデータ化ですよね。ただ、それでも直感みたいなものは、間違いなくあるもの。だから、データか感覚かっていう対立構図ではなく、例えば、人間だとエラーが起きるような選択を完璧なAIで客観的で合理的な判断をしてもらいつつ、直感的な部分が重要になるのかなと」

お股氏が「すごく分かるようになった」という森祇晶氏の言葉

 こう考えるようになったのも、最初は自身の理論や考えを発信する場であったツイッターを通じて、カブスのダルビッシュ有投手をはじめ、実際のプロ野球選手とやりとりし始めたことにも影響を受けているようだ。

「結局、人がやるスポーツなんですよね。昔、森祇晶さんが『最後は人を読むことが大事』というようなことを言っていたんですけど、実際に選手とやりとりをするようになって、その言葉がすごく分かるようになりましたね。性格面も考えながら『最終的には、あの選手はこうするだろう』みたいに考えるようになりました」

 100年を超える歴史を持つ野球は、これまで様々な変化を遂げてきた。最近だけでも、フライボール革命が登場したり、申告敬遠が採用されたり、時速150キロを超えるスピードボールが特別ではなくなったり、日々その形を変化させている。では、お股氏がスラッターを「万能変化球」とする理論も、今後変わる可能性はあるのだろうか。

「僕は2010年代の前半から、ジャイロスライダーみたいな球が主流になるって言っていました。それが今のスラッターです。でも、これから新しい球種が開発されるかといったら、されないような気がしていて。有効なボールは出尽くしている気がして、ここから新しい魔球が生まれるというよりは、ボールの精度を上げたり、30キロくらいのボールをフワッとコントロールよく投げたり、スラッターと真逆の変化をつけたり(意図してスライダーの投げ方で2シームやスプリット、ジャイロシンカー的に曲げたり)するしかないような気がするんです。

 スラッターも完全な魔球ではないので、WSのナショナルズのように当てられる。ここで何が大事になるかというとストレート。今はストレートの割合を減らすのが主流ですけど、スプリットやチェンジアップのようにスラッターと逆に曲げて打者の目線を変えてみたり、落ちるボールを意識させてライジング気味のフォーシームを投げてみたりする。出尽くした球種の精度を上げたり、どう配球するか選択のセンスだったりが大事になるのかもしれません」

 お股氏の“予言”は、再び現実のものとなるのか。10年先、20年先の野球がどう変化、進化しているか、楽しみだ。

<プロフィール>
お股ニキ(@omatacom)
野球経験は中学の部活動(しかも途中で退部)までだが、様々なデータ分析と膨大な量の試合を観る中で磨き上げた感性を基に、選手のプレーや監督の采配に関してツイッターで発信し続けたところ、2万8000人以上にフォローされる人気アカウントとなる。ツイッター上でのやりとりで交流が始まったカブスのダルビッシュ有選手をはじめ、多くのプロ野球選手や専門家から支持を集める謎の「プロウト(プロの素人)」解説者。著書に『セイバーメトリクスの落とし穴 』(光文社新書)。11月28日には新刊「なぜ日本人メジャーリーガーにはパ出身者が多いのか」(宝島社新書)を発売。日本のプロ野球に厳然と存在するセパの格差について、データと独自の視点から分析、評論している。(佐藤直子 / Naoko Sato)

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