このままでは負け組、新体制日産が抱える二つの歪み

横浜市の日産自動車本社

 日産自動車は12月1日から、社長兼最高経営責任者(CEO)に内田誠専務執行役員が昇格、新体制がスタートした。新体制が直面する課題を資本構成の二つの「歪み」から読み解きたい。ひとつは、大株主の仏自動車大手ルノーと日産が共に上場しているという親子上場の問題。そして、もう一つは、日産の親会社であるルノーに仏政府が出資している問題だ。政府の出資は、経営への政府の関与を生み、競争力の低下を招く傾向がある。そして親子上場は、親会社の利益が優先され、少数株主が軽視されることで、市場価値が低下するリスクを孕む。自動車産業は、デジタル化、自動運転などが視野に入る中、ビジネスモデルの歴史的な転換期を迎えている。この資本構成の二つの歪みが、日産の競争力にダメージを与える背景を点検したい。(名古屋外国語大学教授=小野展克)

  ▽ルノーがゴーン被告を送り込んだ瞬間、始まっていた転落の道

 まず前会長カルロス・ゴーン被告の逮捕劇から考えてみよう。ゴーン被告は、東京地検特捜部に、役員報酬を少なく記載した有価証券報告書を提出したとして、金融商品取引法違反容疑で昨年11月に逮捕された。さらに、私的な投資の損失を日産に付け替えたなどとする会社法違反(特別背任)容疑等でも逮捕されている。

 これは典型的なプリンシパル=エージェント問題だと言えよう。会社の所有者である株主というプリンシパル(依頼人)から経営を託されたエージェント(代理人)である経営陣が、株主のためではなく、自身の利益を追求した時に、この問題が引き起こされる。

 多くの大企業が所有と経営を分離している。会社の所有者は株主だが、日常業務は経営陣が取り仕切っている。緩んだ経営をすれば、会社は稼ぐ力を失い、株主の利益は失われるのだ。

カルロス・ゴーン被告

 経営危機に陥った日産をルノーは出資によって支援した。日産の大株主になったルノーから送り込まれたのが当時ルノーの幹部だったゴーン被告だ。ゴーン被告は、ルノーというプリンシパルが経営を託したエージェントだった。ゴーン被告が、自身の投資損失を日産に付け替えていたなら、それは株主のためではなく、自身の利益のためとしか言えない。

 ただ、この問題は、さらに複雑な色彩を持つ。一つは親子上場の問題だ。親子上場では、大株主と少数株主の間で利益相反が、しばしば生まれる。  例えば今年8月、ヤフー傘下の通販大手アスクルの岩田彰一郎社長が、大株主のヤフーの意向で社長を解任された。ヤフーは、アスクルが抱える個人向けインターネット通販「ロハコ」のヤフーへの事業譲渡を主張。それに反対した岩田氏を解任した。収益源として見込まれる「ロハコ」の譲渡を受ければ、親会社のヤフーの利益にはつながる。しかし、アスクルの少数株主からみれば、虎の子のロハコを奪われた格好だ。大株主の利益のために少数株主の利益が損なわれたケースだ。

 ルノーは3年前、フランスの工場で日産車の生産をスタートさせた。日産がインドに設立を計画していた工場が白紙になり、ルノーの工場の稼働率を上げるために、生産をフランスに移転させたとの指摘が出ている。経済合理性に反する生産が進められているなら、日産の少数株主の利益を損ねている。そもそもルノーという大株主から送り込まれたゴーン被告は、大株主のエージェントで、日産の少数株主の利益のために貢献するエージェントにはなりえない構造だったともいえよう。少数株主の利益を優先するというコーポレートガバナンス(企業統治)の原則が、守られない状況に陥ったのだ。

 しかも、ゴーン被告自身が、2005年にルノーの最高経営責任者(CEO)となったことで、この問題はさらに歪みを深める。ゴーン被告は日産の大株主であるルノーの経営権を手中に収めた。つまり、ゴーン被告は、エージェントであると同時に大株主を牛耳る事実上のプリンシパルにもなった。つまり、ゴーン被告は自分で自分を監督する権限を得たのだ。これでは、企業統治が機能するはずもない。日産の所有と経営の分離は崩れ、ゴーン被告が、自由自在に振舞える体制に変質した。絶対的な権力は腐敗するという原則通りに、ゴーン被告は暴走、転落の道を歩んだと言えよう。

ルノーの本社=パリ近郊(ロイター=共同)

 ▽仏政府の出資、経営のネックに

 日産は、こうした経営の暴走を再び起こさない仕組みを導入した。今年6月末に指名委員会等設置会社に移行した。ゴーン被告が務めていた会長職を廃止、取締役会議長職を新設、経営の執行と監督を分離した。さらに、取締役の過半数を社外取締役にして、経営陣を監視する仕組みを強化した。指名委員会等設置会社に移行したことで、取締役候補者を決める指名委員会、報酬を決める報酬委員会、役員の職務執行の監査をする監査委員会を新設。社外取締役が3委員会の委員長を務める体制となった。

内田誠社長

 体制としては、内田新社長ら新経営陣が、プリンシパル=エージェント問題を引き起こさない仕組みが整えられたと言えよう。  しかし、親子上場問題が解消していない以上、大株主のルノーと少数株主の利益相反は、構造的に内在し、解消されないままだ。内田新社長は、相反するプリンシパルの利害に向き合いながら、経営のかじ取りをしなければならない。

 さらに、もう一つ解消していない資本構成の問題がある。それは、ルノーの約15%の株を握る大株主が仏政府だという点だ。日産のインド工場計画が白紙になり、フランスのルノー工場で日産車を生産することになった背景には、フランスの国内雇用を維持したい仏政府の意向が強く働いたとの見方が強い。

 フランスには、株式を長期保有する株主の議決権を高める仕組みがあり、仏政府のルノーの経営への影響力は15%以上に強い。ルノーが欧米大手フィアット・クライスラー・オートモービルズ(FCA)との間で検討した経営統合計画にも仏政府が介入、最終的にFCAとの交渉が決裂する要因にもなった。

 政府による経済活動への介入は、経済の効率性を低下させる「政府の失敗」を招くとされている。仏政府の利益もまた、ルノーの少数株主の利益とは対立する。フランスの雇用の維持は、仏政府にとっては重要な政策課題だが、ルノーの株主、さらに日産の株主とは関係のない問題だ。これは日産の経営にとって大きなネックになる。

 このまま仏政府がルノーの株式を持ち続ければ、ルノーの株価が下落するリスクにさらされる。これは、ルノー株というフランス国民の資産がリスクに直面していることを示し、フランス国民の利益を損ねることにもつながりかねない。

 ▽激変する自動車産業、もはや不透明な将来

 自動車産業は、100年に一度の変革期を迎えている。自動車産業は、「車を作る」から「移動を提供する」産業へと根本的な転換を遂げようとしているのだ。こうした変化は「C=コネクテッド(つながる)」「A=オートノマス(自動運転)」「S=シェアリング(共有)」「E=エレクトリシティー(電動化)」の頭文字をつなげCASEと呼ばれる。

 CASEを主導するためには、センサーやレーダーの高度化からビッグデータの取得、分析まで様々な投資や技術開発が必要になる。

 もはや、自動車産業の未来を既存の自動車メーカーが主導できるかどうかも不透明になっているのだ。CASEの勝ち組となるには開発や設計、生産、データの取得に至るまで、規模の拡大は必至で、変化を先取りするイノベーションを生み出す強力な体制の構築が不可欠になるだろう。

 こうした変化に、二つの資本構成の歪みを抱える日産が勝ち残れるのか、疑問が残る。まず、仏政府がルノーへの出資を引き上げ、政府の失敗を回避するのが先決だ。そして、ルノーと日産の関係は、互いの出資比率を対等にするか、ルノーが日産を完全子会社にするか等の方法で親子上場を解消する必要がある。二つの資本構成の歪みを抱えたままでは、日産は「負け組」へと転落してしまう可能性が高まるだろう。

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