相次ぐ「電凸」嫌がらせ 川崎・差別根絶条例案巡り

「日本人逆差別条例」という事実誤認が記されたビラ

 川崎市議会で近く審議が始まる差別根絶条例案を巡り、市の担当部署に嫌がらせの電話が相次いでいる。ヘイトスピーチに刑事罰を設けたことを「日本人差別」と捉える事実誤認に基づくものがほとんどで、警察への連絡も余儀なくされた。業務に支障を来す事態だが、市は「誤解を解けるよう丁寧に説明していく」と毅然(きぜん)とした態度を示している。

 電話で一斉に抗議する「電凸(でんとつ)」は条例案が公表された15日から激化した。素案が示された6月から続いてきたが、市人権・男女共同参画室の担当者は「条例案が市議会に出され、いよいよという思いから力が入っているようだ」と話す。

 抗議や要望の度を超えて1時間以上になるのはざらで、声を荒らげたり、2時間に及んだりするケースも。それでも「市民の意見を聞くのも務め。議会質問の答弁づくりに追われている最中だが、部署内で割り振りながら対応し、誤解を解いていく」。応対した職員に住所を教えるよう迫る脅しめいたものもあり、県警の助言を受けて録音機能の導入も検討するという。

■事実誤認

 担当者が「誤解」と言うように、市の困惑を深くさせるのはその内容だ。怒り交じりにぶつけられる大半が「日本人を差別する条例」「なぜ韓国人へのヘイトだけ罰せられ、日本人へのヘイトは許されるのか」という誤った認識からくるものだからだ。

 条例は一方を差別し、特定の国を優遇するようなものでは当然ない。差別がある不公正な状況を是正して人権を守るのが目的で、ヘイトスピーチに対する罰金も実効性を高めるために設けられる。

 条例案に処罰対象を日本人に限る規定はなく、あらゆる差別の禁止と根絶が明記されている。市議会の答弁でも繰り返し説明されており、担当者は「われわれの説明の仕方が悪いのか、なかなか理解されない」と苦慮を強いられている。

 そもそも「日本人ヘイト」は存在しない。へイトスピーチは歴史的、構造的に劣位にある社会的弱者・少数者に対する差別や暴力をあおるもので、日本において圧倒的多数者の日本人一般へのヘイトスピーチは語義矛盾に他ならない。

■阻止掲げ

 同様の言説はインターネット上にも流布するが、「意図的」の3文字も浮かび上がる。「差別のない人権尊重を考える川崎市民の会」は「日本人逆差別条例」というビラを作成し、市の電話番号とともに2万枚をポスティングした。亀澤佐知子代表は市の答弁を傍聴していたが、ビラを訂正するつもりはないと神奈川新聞社の取材に答えた。

 右派団体「日本会議神奈川」の木上和高氏は抗議を呼び掛ける市民の会名義のメールをこの1カ月で少なくとも5回配信。27日には「最後まで諦めず阻止の努力をしたい」「日本人差別などに絞って抗議・要請を」と記し、携帯番号を含む市議の連絡先を一覧にして流した。

 亀澤氏は、条例の立法事実となったヘイトデモの主催者の津崎尚道氏と一緒に、反ヘイトに取り組む弁護士を相手に訴訟を起こした人物。津崎氏とデモを共催し、「条例ができれば川崎は在日に支配される」などと確信的に差別扇動を繰り返す瀬戸弘幸氏も呼応するように29日、「日本人差別の在日特権条例」というヘイトデマを市役所前でまき散らした。

 市は「何もしなければ、深刻な被害が繰り返される恐れがある」と罰則の意義を説いてきたが、市議の一人は嫌がらせの執拗(しつよう)さの背後に差別的動機を感じとり、「この条例の必要性をまさに証明している。実効性のあるものにしなければとの思いをさらに強くした」と話している。

 ◆川崎市差別のない人権尊重のまちづくり条例 全ての市民が差別を受けることなく、生き生きと暮らせるまちづくりを掲げ、人種や民族、性的指向、出身、障害などを理由にしたあらゆる差別的取り扱いを禁止し、市の勧告、命令に従わずにヘイトスピーチを3回繰り返した人物・団体に最高50万円の罰金を科す。規制対象となる差別的言動はヘイトスピーチ解消法の定義に基づき外国人、あるいは外国にルーツを持つ人々に対するものに限られるが、市は「それ以外のヘイトスピーチも許されるわけではない」「外国人であってもそうした言動は許されない」との見解を示している。条例案は25日に市議会に提出され、順調にいけば12月4、5日の代表質問、6日の文教常任委員会を経て、12日に本会議で採決される見通し。

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