小説−9「命」青春

なんとも夏子さんが歌う歌詞は、「我が青春」というか、みんなが真っ赤に燃えたあの大学闘争時代を思い出させるのだ。もう50年前のことなのに。困った。私は今、香港のニュース映像を見て戦慄している。この章は私たちの学生時代の思い出話になってしまうのか?私の心の底に、今の若い諸君にあの時代の高揚した息吹を伝えたいという気持ちがどこかにあるのだろう。いいのか? ぬるくなったビールジョッキの中を、私の心を、風がゆするのだ。風が……。

小説−9「命」青春

江ノ島が見える公園で、私はある不思議な中年女性と巡りあった。と言っても、もう60歳は過ぎているに違いない。彼女は私など見えないようなそぶりをして立ち上がり、私を見下ろすように言った。

「怒ってなんかいないわよ」

「どうしてそんなことを言うの」

「だってあなた、話しかけてこないから」と、サングラスを片手に言った。

「君だって話しかけてこなかった」と私。

「私が怒っていると思って、遠慮して話しかけてこないのかと思ったから」

「すみません、セックスで僕の命を救ってください」

私は唐突に言い放った。

なぜそんなことが言えたのかよくわからなかった。死を前にした自暴自棄とでもいうのだろうか。

「いいわよ、セックスであなたを救えるとは思えないけど……」

そんなブロークンで投げやりな会話があった。

その夜、私たちは江ノ島が見えるシティホテルで一夜を過ごした。これまでの人生に絶望していた私はその夜、長い間考えていた。海に一人で入って、二度と陸地に帰れないくらい泳いで、そこで溺れて死にたい。そう決意したばかりの夕刻だった。

彼女(名前は夏子さんというそうだ)は癌に侵され、あと半年の命と医者から宣告されていた。それまでのしがらみを全部断ち切って、財産を処分した数億のお金とともに虚ろな日々を送っていたのだ。私は、ギターを弾いて歌う彼女の姿を見て気づいた。夏子さんはその昔、忽然と消えた伝説のシンガーソングライターだったのだ。

なぜあんなに燃えたのだろうか、なぜあんなことができたのだろうか。

夏子さんの静かで伸びのある声は、昔、聴いたことのある曲だった。「大学バリケードの中の青春」だ。透きとおったボーカルの魅力と、その歌詞の内容に私は打ちのめされそうになった。彼女が歌で表現した70年安保闘争は激烈だった。私たちはその嵐の真っ只中にいたのだ。

68年~70年代、それはそれは激動の時代だった。全世界が政治の季節で、アメリカが始めたベトナム戦争を契機に世界中の青年たちが旧体制に戦いを挑んだ。それまで抑圧されてきたアジア、アフリカ、ラテンアメリカの第三世界も独立運動をし、被抑された人民が主張をし始めた。「第二の第三のベトナムを全世界に」とアジったチェゲバラがアンデスの山奥で壮絶な死を遂げた。

私たちの目標は旧体制(アンシャン・レジーム)粉砕の戦いだった。日本で権力を握る自民党政権、野党も新興宗教も、労働組合もみんな旧体制だった。もちろん、社会主義なんて名ばかりの当時の独裁国家赤色帝国主義ソ連や中国も信用していなかった。これは世界の若者たちも同じだ。パリ5月革命、アメリカの青年たちの徴兵カード焼き捨て、黒人解放のブラックパンサー、ドイツやスペインでも、アジアや韓国でも若者たちは肉体をかけて、これまで続いてきた体制に異議を唱えて反乱が巻き起こった。時の権力者は恐怖した。私たちは「全共闘」で大学をバリケードで封鎖して「産学軍協同路線粉砕」「大学解体」「革命だ!」なんて夢想していた。どこかで、革命の為だったらいつ死んでも良いと思っていた。捨て石になる覚悟を持った。戦争と侵略と飢えと虐殺の20世紀を作ってきた大人たちへ、「もうあんたたちの時代は終わったのだ。ステージから去れ! これからは我々若者の時代だ!」と叫び、肉体をかけた反乱だった。

まさに思い出深い政治の季節だったことが切れ切れに宙を飛ぶ……。

もう夜が明けてくる。深夜、明かりを落としたホテルの一室で夏子さんと二人きりだった。重い窓を開けてベランダに出てみた。空は頭を抱えて途方に暮れているように見えた。夜明けの空は風が吹いて、乾いていた。

「なぜあんなに燃えたのだろうか、なぜあんなことができたのだろうか」

「一体何に対する誰のための戦いだったのだろうか」

気の抜けたビールを飲む寂しいひと時、あの時代、私はなんと若かったのか、なんと血にあふれていたのだろうか、なんと胸を躍らせたか……思い出は尽きない。意味のない不可能な思考を繰り返していた。

寂しさの中、風に吹かれて落ち葉が降る。ハミングでまだギターを微かに弾いている夏子さんの音がカサカサと落ち葉のように通り過ぎる。

「実は、僕も大学時代に全共闘運動に参加していたんだ。あなたの歌を聴いていると、途方もなく自分の若き時代が思い起こされてならない。あの戦いから、僕が参加した新左翼は権力に追い詰められ、無残な同士殺しがあって消滅した。あれから50年。時代はそんな歴史を語る人を嫌う雰囲気があって、酒場でその話題が出ると、必ず、『もうそんな話はやめてくれ』って言われた」

あれから私は長い沈黙を余儀なくされていた。けれど、多くの若者があの闘争で傷ついた歴史を忘れることができないでいた。

「僕はデモで逮捕拘留されたこともあるんだ」ふっと、声が出た。

「そうだったの。私は高校の新聞部だったんだけど、学校側はデモに行くのは校則違反で、校内新聞は政治のことを書いてはダメって弾圧してきたわ」

「そうか、それであの有名な◯◯高校ストライキに君がいたんだね。素晴らしい。確か高校でのストライキは全国でも初めてだったとか」

「私の高校に、卒業生や大学生がたくさんオルグに来たわ。最後、私は退学処分になったの」

「そこで君は自殺した大学生に恋をしたのか。君は新聞部の部長だったよね」

「神田カルチラタンって、東大安田講堂が陥落する日だったんですね。彼はね、安田講堂で籠城したかったの。そこで死にたいと言っていたわ。でも彼には重要な任務があって、参加できなかったことをとても悔やんでいたの」

ふっとギターの音が止み、夏子さんは死んでしまった恋人のことを静かに喋り始めた。

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