不安定な収入、無保険に 第1部 そこにある病理 格差(2)雇用

 

処方された薬について薬剤師に質問する本田さん(手前)。「これでも数は減った方です」と話す=26日午後、宇都宮市内

朝食後、8種類の錠剤を水で流し込む。

 宇都宮市、無職本田正(ほんだただし)さん(50)=仮名=にとってうっとうしかった服薬も、すっかり慣れてしまった。

 2012年3月、止まらないせきを何とかしようと訪れた宇都宮協立診療所で、心不全と診断された。最高血圧は200を超え、腎臓や肝臓の機能も低下。すぐ入院が決まり、診療所で約2カ月過ごした。

 「派遣切り」が社会問題化したのは、この数年前。体調は優れなかったが、派遣社員の職を失い困窮、1年ほど通院が途絶えた末のことだった。

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 かつては全国チェーンの書店で売り上げの悪い店舗の立て直しを担当していた。仕事は忙しく、30歳を過ぎて1日の勤務が18時間を上回る日が連日続いた。

 38度以上の発熱が治まらなくなり退職。慣れ親しんだ接客業で働き続けたかったが、病気の再発を恐れて踏み出せなかった。貯金は減り「すぐ働けるのは派遣しかなかった」。40という年齢は目前だった。

 宇都宮市内などの工場で、家電の組み立てやソーラーパネルの製造に従事した。時給制で月収が約15万円の時もあれば、工場の長期休業で10万円程度にしかならないこともあった。

 解雇の不安は常にあった。生産が減少すると、働く人も減らされた。体調は万全ではなかったが「休むことが怖かった」。

 それでも、解雇の機会は突然訪れた。作業内容が合わず相談すると「来なくていい」と告げられた。理由が不明のまま、急に契約を打ち切られたこともある。

 次の仕事を見つけるまでは収入がなく、国民健康保険の保険料が払えなくなった。やがて「無保険」状態になり、医療機関にも行かなくなった。

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 困難を抱えた際に頼れるはずの家族が、本田さんにはいなかった。両親を小学生の時に病気で亡くした。叔父夫婦に育てられたが愛情を感じた記憶はなく「帰りたくない家庭」だった。

 世界保健機関(WHO)が挙げる健康に影響する社会的な要因。「社会格差」は全10項目の筆頭に掲げられている。雇用や教育など格差にはさまざまな形があり、同じ人に集中する傾向が見られる。そして「生涯を通して当事者の健康に影響を及ぼす」。

 本田さんを診察した関口真紀(せきぐちまさのり)医師(64)は「本人の体質に加え、労働や家庭環境などさまざまな背景があって体調が悪化したのだろう」と指摘する。

 心不全での入院を機に、生活保護を受け始めた本田さん。約8年間、仕事は一度もできていない。

 せめて「生活保護の受給額を減らしたい」。体調を考えるとできる仕事は限られるが、インターネットや折り込みチラシの求人には頻繁に目を通す。今の生活は「世間様に申し訳ない」と感じている。しかし、状況を変える手だては見つからないままだ。

 【ズーム】社会格差が生む健康リスク 厚生労働省の2014年国民健康・栄養調査によると、健康診断などを受けていない人の割合は、世帯所得が200万円未満の方が600万円以上の世帯よりも高かった。世帯の所得が低いほど、肉や野菜類の摂取量が少ないという結果も出ている。

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