林真須美死刑囚の長男が情報発信する理由

 毒物カレー事件、21年たっても整理できない心

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林真須美死刑囚との面会を終えた長男=大阪市都島区の大阪拘置所前

 1998年7月に起きた和歌山毒物カレー事件で、殺人罪などでの死刑が確定した林真須美死刑囚(58)は再審請求中だ。2019年4月、32歳の長男はツイッターを始めた。7月には自らの半生や家族への思いをつづった手記も刊行した。事件から21年、長男はなぜ自ら情報発信を始めたのか。

 ▽電話を手放せない、平日午前

 19年8月2日、確定死刑囚2人に刑が執行された。速報が流れてすぐ、記者は長男に電話をかけた。林死刑囚の安否を聞くためだ。電話の先からは自動車のハザードランプの点灯音がした。長男は運送会社の運転手。収容先の大阪拘置所(大阪市都島区)から連絡はなかったという。

 長男によると、刑が執行された場合、午前中に発信先が「非通知」で拘置所から親族らに電話がかかる。その電話に出られない場合は、拘置所の脇に無縁仏として受刑者が埋葬されることになる。死刑確定から約10年間、年末年始を除く平日の午前中、長男は常に電話に神経をとがらせている。

 ▽不気味な1日

 18年7月6日、オウム真理教の教祖松本智津夫死刑囚ら教団幹部に刑が執行された。

 「今、人が死んでいるのだと自覚した不気味な1日だった」。長男はそう振り返る。母の死刑確定から10年。「残された時間は少ない。いつ刑が執行されてもおかしくない」。焦りにも似た気持ちがわき上がるのを感じた。世間では毒物カレー事件が風化しつつあることも実感していた。

 18年末には大阪拘置所収容の死刑囚2人に刑が執行された。長男は死刑執行を他人ごとには思えなくなっていた。

 約3年前から、長男は父健治氏(74)に代わり、メディアの取材を受けてきた。高齢化で父の記憶力や体力が衰えてきたためだ。

 そのころ、長男を取材したマスコミ関係者から母の死刑が執行されたときに備え、情報発信の手段を持つことを勧められた。「事件そのものを知らない世代も登場した。もう一度世間の人たちに思い出してほしい」。そんな思いもあって、長男はツイッターのアカウントを開設した。

長男本人のツイッターのホーム画面=長男提供

 アイコンの画像は両親と行った七五三の羽織はかま姿の写真で、ホーム画面は長男本人が発信者だと証明するため戸籍謄本にした。11月末現在、フォロワーは約1万5000人を超える。多様な意見を受け止めて回答するため、個別に対話できるダイレクトメッセージ(DM)を当初から開放した。

 投稿は主に、母からの手紙、事件を検証する記事の紹介が中心だ。拘置所の母へ差し入れた現金2万円の領収書や、母の手書きの「死刑囚の1日の生活」表の画像も投稿した。母の置かれた環境を知ってもらうためだ。

 ネット上の反応はおおむね好意的で、長男への応援メッセージが多い。親から虐待を受けている子や、覚醒剤所持の疑いで両親が逮捕された少女から「勇気をもらった」という内容のメッセージが届いたこともある。

 「死刑囚の子でも生きている。今、苦しみに向き合う人たちに生きざまを伝えるのが天命。死刑囚の子という視点で、時代にあった方法で情報を発信したい」。発信の期限は刑執行、獄中死、再審決定、そのいずれかが決まるまで。そのときはアカウントを削除するという。

 もちろん誹謗中傷のコメントや反応も目立つ。「カエルの子はカエル」「見ていて不快」などと書き込まれたりもした。

 長男は「バッシングは想定の上。100%母を信じているわけではないし、殺しているなら罪を償ってほしい。でも、本当にやっていないならできる限りのことをしたい。どんなことをしてでも死刑執行を止めたい」

 そして7月20日には手記を刊行した。タイトルは「もう逃げない。いままで黙っていた『家族』のこと」。昨年夏に出版社から持ち掛けられ、事件以降書き留めていたメモに基づき執筆した。児童養護施設や学校でのいじめ、就職差別、自分が林死刑囚の長男だと交際相手の両親に告げて婚約破棄に遭った話、家族への思いなどを赤裸々につづった。

 

毒物カレー事件以降をつづった手記を手にする林真須美死刑囚の長男

▽母との面会

 長男は約3カ月に1回、大阪拘置所を訪れて母と面会している。

 19年5月7日の拘置所の待合室は面会待ちの客で混雑していた。「10連休明けの平日で、順番が来ないから刑が執行されたのかもしれないと焦りました。面会したとき、母は令和に生きているんだなと思いました」。それから約3か月後の8月16日に面会した際には、夏ばてのせいか、少し痩せたようにみえた。約30分の面会時間はあっという間だった。

 母は長男のツイッター開設や手記の刊行、メディア出演の話を手紙や面会を通して知っている。事件当時は存在しなかった新しいメディアや会員制交流サイト(SNS)の仕組みを本人なりに理解しようと努め、手記を読み、事件を振り返っているという。

 10月2日の面会では母が「(事件から)もう21年ね」と振り返った。貴重な15分の面会時間だったが、沈黙が続く。面会中、お互いが黙り込むのは初めてだった。両親が最初に逮捕されたのは10月4日。「逮捕日と日付が近かったせいか、お互いどう声を掛ければよいかわからなくなった」と話した。長男にとって10月4日は「事件当日より印象が強い。人生が一変した日」だ。

 ▽事件は終わらない

 事件から21年がたち、事件の真相が解明されないまま母が死刑囚として生きていくことを長男は懸念する。「秋葉原や相模原の障害者施設の無差別殺傷事件、座間9人殺害事件は犯人が確実に存在するのに、毒物カレー事件は動機が未解明で、真犯人が他にいるかもしれない。だから事件から20年以上たっても支援者が集会を開くのだと思う。母が無実の罪で死刑を執行されたら悔やんでも悔やみきれない」

 手探りで情報発信を続けるうちに長男はある境地に到達した。「同世代はSNSで家族やおいしい食事の写真を投稿してうらやましい。死刑囚の母を持つ同世代は周囲にいません。刑の執行に神経をとがらせたり、母を救うためにツイッターで情報発信する人もいません。でも、これが今の自分にとっての幸せです」(共同通信=力丸将之)

林真須美死刑囚から届いた手紙を読む長男