介護契機、体調にも変化 第1部 そこにある病理 社会的支援「孤立」

 

認知症患者を受け入れている施設へ夫を送迎する悦子さん(左)。介護に追われ、孤独感が増す

閑静な住宅地に、冬の早い夕暮れが迫る。

 -そういえば、今日、誰とも話してないな。

 宇都宮市内の自宅。薄暗くなったリビングで、無料動画サイトを眺めていた佐藤悦子(さとうえつこ)さん(48)=仮名=は猛烈な孤独感に襲われた。

 スマートフォンを手にする。着信は一件もない。〈今から帰る〉。かつては夫からメールが届いた。夫の和雄(かずお)さん(57)=仮名=は数カ月前の2017年11月、若年性アルツハイマーと診断された。

 和雄さんに言葉を掛けても、それは「会話」にはならない。

 子どもはいない。義父母も既に世を去った。親戚付き合いもほとんどなく、時折、ランチを共にした友人とも疎遠になった。「介護で苦労した話じゃ、相手もつまらないだろうし」

 和雄さんは市内で、父の代から続く縫製業を営んでいた。診断から約半年後、廃業した。毎日のように使っていたミシンの糸通しさえ、できなくなっていた。

 悦子さんは体調にも異変を来すようになった。めまいがひどい。夜、眠れない。近くの耳鼻咽喉科の診療所を訪ね、睡眠導入剤を処方された。

 生活のために就いたパートも続かなかった。和雄さんは突然、体調を崩す。急な欠勤が心苦しくなり辞めた。障害者年金と貯金でやりくりし、かわいがってきた猫を手放すことも考えている。

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 孤独や孤立が健康に及ぼすリスクが指摘されている。英国は18年、「孤独担当大臣」を新設し、対策に乗り出した。1日15本のたばこを吸うことと同程度の害を孤独は健康に及ぼす。米国ではそうした報告もある。

 「無縁社会」という言葉も生まれた日本。あらゆる世代に孤立がはびこり、介護の現場にも影を落とす。

 「介護者が調子を崩すことはよくある。うつ病などになるケースは珍しくない」。認知症の人と家族の会県支部の世話人代表金沢林子(かなざわしげこ)さん(74)は言う。

 相談先が分からない。相談先を知っていても、ちゅうちょしてしまう。一人で抱え込み、孤立する。「今の支援体制は認知症患者など当事者が中心。当事者と介護者をバランス良く支援することが必要」

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 悦子さんは今年に入り県の相談機関に電話した。「いっぱいいっぱいだった」と言う。

 それを機に市内の認知症カフェを再び利用するようになった。夫の発病直後に訪れたことがあるが、廃業した会社の整理手続きなどで足が遠のいていた。金沢さんともそのカフェで出会っていた。

 悩みを打ち明け、相談に乗ってもらうと、しつこくまとわりついていた孤独感が少し和らいだ。今は自分の置かれた状況を受け入れ始めている。

 介護から始まった不安と孤独の連鎖が、解けつつある。

 【ズーム】社会的支援の必要性 世界保健機関(WHO)は、健康に影響を及ぼす10項目の社会的な要因の一つに「社会的支援」を挙げる。「友情や良好な人間関係、確立された支援ネットワークは、家庭や職場、地域社会で人々に健康をもたらす」としている。

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