映画「すみっコぐらし」大ヒットの裏側、徹底したファン目線とネット時代の演出

『映画 すみっコぐらし とびだす絵本とひみつのコ』が公開4週目を迎え、動員数70万人、興行収入8億5,000万円を突破しました。「たれぱんだ」や「リラックマ」などで知られるサンエックスのキャラクターで、デザイナーの横溝友里さんが生み出したちょっぴりネガティブな「すみっコぐらし」の映画化となる同作。

物語は、絵本の世界に入り込んだ「すみっコ」たちが、自分がどこから来たのかも分からない新キャラクター「ひよこ?」の家を探してあげるというもの。一見子ども向けの作品のようで、男性限定の上映会が行われるなど、大人のファンも満足できるストーリー構成のファンタジー作品となっています。

同作がヒットした要因について、製作・配給を行ったアスミック・エースの田邊彩樹さんは「初週の土日にすみっコぐらしのコアなファンである小学生女児とその両親、20〜30代女性が観に来てくださり、熱のこもった感想をSNSで拡散してくださったことにより、幅広い層へ口コミで広まって行ったと考えております」と、語ります。

ではコアなファンの期待を裏切らない映画はどのようにして作られたのでしょうか。監督のまんきゅうさんに聞きました。


「原作の世界観から逸脱しないこと」を徹底

――監督にオファーが来た時、どんなことを感じましたか。

まんきゅう:今まで短編作品(『磯部磯兵衛物語』『お前はまだグンマを知らない』など)をずっと手がけてきたので、「私に長編作品をオファーするなんて、変わったプロデューサーさんだなぁ」と思いました。

もともと「すみっコぐらし」は、キャラクターの世界観がタイトルになっているのが面白いと思っていました。普通はメインキャラクターの名前がそのままタイトルになっていることが多いですから。

(C)2019 日本すみっコぐらし協会映画部

――映画オリジナルのストーリーは、脚本を担当した角田貴志さん(ヨーロッパ企画)だけでなく、製作チーム全体で話し合って作られたそうですね。監督はどのような意見を出されたのでしょうか。

まんきゅう:始めに「三幕構成(キャラクターの目的が示される一幕、目的を達成するための障害と対立する二幕、目的を達成できるのかの問いについて答えが明かされる三幕で構成される物語)にしたい」と提案しました。

「すみっコぐらし」の魅力を伝えるためには、シンプルな物語にすることが大事だと考えたからです。その構成にのっとった上で、みんなでさまざまな意見を出し合って、物語の骨組みができあがりました。

毎週、原作者の横溝さんをはじめ、サンエクッスさんのすみっコチームと会話を重ねる機会があったので、「すみっコ成分」がたっぷり詰まった映画になったと感じています。

(C)2019 日本すみっコぐらし協会映画部

――オリジナルストーリーをつくる際に、みなさんが意識したことは何でしょうか。

まんきゅう:「原作の世界観から逸脱しないこと」は最後まで徹底しました。

とにかくスタッフみんなで、原作を読み込みました。それから、どう映像に「翻訳」するかのアイデアを出し合い、少しずつ少しずつ「再現」していった形です。

テクニカルな部分で言うと、例えば、歩き方や走り方、喜怒哀楽の感情表現のアニメーション的なタメツメ(動きに緩急をつける技術)を初期の開発段階でメインスタッフとトライアンドエラーを何度も繰り返しました。

原作の「イラスト」とアニメーションの「動画」の間を違和感なく補完することが目的です。この作業がうまくいって初めて、原作のあるイラストを映像として再現できるのだと思います。

しゃべらないキャラの感情をどう表現?

――原作者・横溝さんの意向を反映して、キャラクターたちがしゃべらない方向で進めることはかなり早い段階で決まっていたそうですが、角田さんから脚本が届いた時にはどんなことを感じましたか。

まんきゅう:「角田さんにお願いして本当に良かった!」と感じました。チームでディスカッションした当初は、(キャラクターのセリフの代わりに、状況を説明する)ナレーションをどう入れ込むかについて、具体的には決まっていませんでした。シナリオに起こすのが難しい中、ワクワクする物語を書いて下さって……今でも初稿を読んだ時の感動は忘れません。

(C)2019 日本すみっコぐらし協会映画部

――しゃべらないすみっコたちを、物語の中で動かす際に工夫したことはありますか。

まんきゅう:声を出してしゃべらないキャラクターを「どうやって感情表現させるのか」が本当に難しかったです。「キャラクターのリアクションはナレーションで補足して説明し、感情表現はキャラクター自身にさせてください」とアニメーションチームにお願いしました。

元々の表情がとてもシンプルだったので、汗ひとつ、まばたきひとつでも意味が出てしまいます。1ショットずつ話し合ってアイデアを出し合いながら何度もリテイクを重ねて、丁寧に作り上げていきました。このあたりの工夫も語り尽くせないほどたくさんあります。細部までこだわっていたアニメーターのみなさんには感謝の気持ちでいっぱいです。

「笑い」のシーンを描く時の意識

――「食べ残された設定のキャラクター『とんかつ』がこう動くのか、なるほど」と、キャラクターを知っている人が見ると、映像作品でさらに世界が拡張した感じでした。キャラクターたちにクスリとさせられるシーンも多い印象ですが、「笑い」のシーンについて、ギャグアニメを多く手掛けてきた監督のお考えをお聞かせください。

まんきゅう:「ここで笑わそう!」と意識すると大体スベるので、「とんかつだったらこんな時にどういうリアクションするだろう?」「しろくまだったらどうだろう? じゃあ、とかげだったら……?」と、そのコたちなりの反応をしっかりと描いていくことを意識しました。これまでギャグやコメディを描く機会が多かったですが……笑いは難しいですね。

(C)2019 日本すみっコぐらし協会映画部

――これまでも、監督は既知のキャラクターの魅力を生かしたアニメーションを手がけてこられましたが、いつもどのようなことを意識していますか。

まんきゅう:「この作品のこのキャラクターの魅力を伝えるにはどうすればいいか」、そして「誰に届けるものにしたいのか」を意識して作品と向き合っています。それは「すみっコぐらし」でも他作品でも長編でも短編でも同じです。

ネット動画のようにシーンを短く設計

――今回、作品全体でこだわったことは何でしょうか。

まんきゅう:とにかく「原作ファンに喜んでもらうこと」を意識しました。こだわった所が多すぎて、一晩語っても語り尽くせないと思います(笑)ひとつ例を挙げるなら、背景美術はかなりこだわりました。今回の映画は、キャラクターに音声がつかないので、とにかく退屈しないように、絵本の世界ごとにデザインをガラリと変えています。

原作のデザインから逸脱しすぎないように、なおかつ「すみっコたちと一緒に絵本の世界を冒険しているようなワクワク感」を演出できるような絶妙な世界観を美術監督の日野さんが見事に作り上げてくれました。

(C)2019 日本すみっコぐらし協会映画部

――最後に、「映画すみっコぐらし」は多くの観客を引きつける作品になりましたが、監督の思惑通りの反応だったと思っていいでしょうか?

まんきゅう:「もちろん思惑通りです!」と言いたいところですが……(笑)、サンエックスさんをはじめ、今回の映画に関わったスタッフ全員の「すみっコぐらし」に対する愛情が、従来のファンだけでなく、多くの人に届く作品にできたのだと思っています。

個人的に映画作品は時流に乗ることも大事だと考えています。今はテレビだけでなく、ネットで手軽に動画も観られる時代です。自動で自分の好きな関連動画が次々に再生されていきます。そんな感覚で観てもらえるように、ひとつひとつのシーンを短く設計し、シーン毎に「何を伝えたいのか」を明確にすることを意識しました。そうした時代感を組み込んだことも、今回のヒットにつながったひとつ要素なのかなと思います。

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同作には「動くと、もっとかわいい」と思わせるすみっコたちの姿がありました。ファンの思いを裏切らないという高いハードルがあった「すみっコぐらし」の映画製作の背景には、原作者が設定した背景やストーリーに追従する製作チームの真摯な姿勢があり、結果、ファンの期待を上回る完成度の映像作品が生まれ、今回の反響につながったとも言えそうです。

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