上司らの罵倒、心むしばむ 第1部 そこにある病理 ストレス・ハラスメント

パワハラを受けた際の発言や、感じたことを書き留めた島田さんのメモ。裁判でも証拠として提出された

 いつもよりひどく怒鳴られた後、息がうまくできなくなった。皮膚の感覚もない。自分の身に起きたことが理解できないまま、救急外来に運ばれた。

 きっかけは転職だった。

 県南在住、島田真理恵(しまだまりえ)さん(30代)=仮名=が県外の大学病院で勤務を始めたのは20代半ば。医療事務関連の資格を大学で取得したが、卒業後は別の仕事に就いた。

 「資格を生かした仕事がしたい」と転職し、希望通りのキャリアをスタートさせた。

 半年ほどたった頃、先輩の女性職員が異動することになった。引き継ぎをしてもらおうと考えたが十分な説明がなく、質問しても、きつい口調で叱られた。病院内のシステム更新など新たな仕事も増え、深夜に及ぶ残業が続くようになった。

 勤務を始めた約10カ月後、所属する部署の男性上司に指示を受けることが多くなった。すると、大声で怒鳴られ、厳しく叱責(しっせき)される機会が増えた。

 残業中に「何がそんなに忙しいんだっ。暇なはずでしょ」などと繰り返し怒られた。業務が遅れると「おまえ」「あんた」と呼ばれて罵倒された。

 「相手は身長も大きくて怖かった」

 自家用車内や職場で、血が出るまで手首をひっかいた。先輩の女性職員や男性上司の顔を見たり、叱られたりすると過呼吸を起こした。過呼吸症状が激しく、勤める病院の救急外来で治療を受けたこともある。

 「2人に会ったらどうしようと、普段も平常心でいられなかった」

 同居していた家族には、心配をかけまいと相談することはなかった。代わりに上司らの言動や自身の思いをノートに書き留めた。

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 働き始めて3年がたとうとしていた2月、1年ごとに更新していた雇用契約が3月末で終わることを、突然知らされた。「事前に何の説明もなかった。これ以上体調不良で騒ぎになるとまずいと思われたのかな…」。精神科では、過換気症候群やうつ状態と指摘された。

 世界保健機関(WHO)が掲げる健康を脅かす社会的な要因の一つにもなっているストレス。「長期間、または頻繁にストレスにさらされると、心臓血管系と免疫機構の双方に影響し、うつ病などにもかかりやすくなる」とされる。

 厚生労働省が2016年度に実施したパワハラの実態調査でも、パワハラを受けた頻度が高い人の方が通院や服薬、不眠など影響が生じた割合が高かった。

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 やむなく退職した島田さんは男性上司と先輩の女性職員らを相手に、違法なパワハラを受けたとして民事訴訟を起こした。このうち男性上司の言動の一部は違法性が認められ、慰謝料の支払いが命じられた。

 パワハラで健康被害を受けることは「自分とは違う世界の事」だと思っていた。「精神科にかかったこともなかったのに。当時を思い出すと、今でも具合が悪くなる」。心の傷はまだ癒えていない。

 【ズーム】職場のパワハラ 厚生労働省のまとめによると、2018年度に全国の総合労働相談コーナーに寄せられた「いじめ・嫌がらせ」に関する相談は約8万3千件と、10年前に比べて約2.5倍に増加。職場の対人関係のトラブルで精神障害となり、労災補償を受けた件数は18年度で92件だった。

(第1部終わり。この連載は健康と社会的処方取材班が担当しました)

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