社説(12/6):岩手競馬の薬物禍/伝統文化存続の瀬戸際だ

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 岩手競馬の薬物禍がやまない。昨年8月以降、禁止薬物の筋肉増強剤ボルテノンが検出された競走馬は既に12頭を数えた。公正を旨として成り立つ娯楽産業の根幹を揺るがす事態だ。

 ボルテノンは一般に流通している薬物ではないが、インターネットで入手することは可能という。

 県競馬組合(管理者・達増拓也知事)は「何者かが故意に薬物を混入した可能性が高い」との見方を強め、容疑者不詳のまま競馬法違反の疑いで告訴。県警も厩舎(きゅうしゃ)関係者の任意聴取や監視カメラの映像解析を続けてはいるが、原因究明の糸口は見いだせていないのが実情だ。

 所属する競走馬から薬物が検出されるたび、組合は主催レースの休止と全頭検査を繰り返してきた。昨年度だけでも休止は延べ14日間計147レースに及ぶ。減収は15億円と試算される一方、監視カメラの増設、警備員の増員など再発防止に投じた経費は既に3億5千万円を超えている。

 昨年12月を最後にしばらく鳴りを潜めていたが今年10月以降、新たに7頭から薬物が検出された。組合は今回、全頭検査の終了と同時にレース再開を発表した。

 「全頭検査で最低限の公正性は担保されている」との主張も分かるが、いかにも形式的。見切り発車の感は否めない。講じるべき再発防止策を尽くしたとしても、原因が究明されなければ信頼回復はほど遠いはずだ。

 こうした組合の希薄な危機感の背景には、収益構造の変化が指摘されよう。

 岩手競馬の馬券発売額は1991年度の689億円をピークに東日本大震災直後の2011年度には146億円まで落ち込んだ。そこから上り調子に転じ、18年度は薬物禍に見舞われながらも14年ぶりに300億円台を回復した。

 06年度に始まったインターネットによる馬券の全国発売で地方競馬全体が収益を改善しており、岩手競馬もネット発売が発売額全体の66%を占めるようになった。

 「主催レースが休止に追い込まれても経営への影響は限定的」とみる組合幹部だが、その発想は浅薄で危うい。

 古くから南部駒の産地として知られる岩手にあっては、競馬事業もまた馬事文化の貴重な担い手とされてきた。震災の発生直後、岩手競馬の伝統を絶やしてはならないと声を上げたのは、全国の競馬ファンだった。

 原因が特定されないまま薬物禍が繰り返されれば、こうしたファンはもとより、競走馬を預けている馬主の信用を失う事態となるのは火を見るより明らかだ。実際、岩手に見切りを付けて競馬場を去った関係者もいると聞く。

 原因究明なくして信頼回復はない。伝統の馬事文化を守れるかどうかの瀬戸際だ。組合も捜査機関も危機感を共有してほしい。