【くまもと五輪物語】江里口匡史(上)「ロンドン」陸上男子400リレー4位 涙の100メートル後ベストレース

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ロンドン五輪の男子400メートルリレー予選に出場し、バトンを受け取る江里口匡史=2012年8月、ロンドンの五輪スタジアム
現役引退後、大阪ガスの営業マンとして駆け回る江里口匡史=大阪市

 日本人初の9秒台に迫ったレースでも、日本一を証明した大会でもなかった。陸上男子短距離界で一時代を築いた江里口匡史(大阪ガス、鹿本高出)が「競技人生のベスト」に挙げたのは、2012年のロンドン五輪の男子400メートルリレー決勝。直線コースの第2走者として、100メートルの持ちタイムが9秒台の強豪と互角の走りを見せた。チームは4位だった。

 「スタートから飛び出してスピードに乗せる僕の良さが出た。超満員のスタンドにいろんな音やフラッシュの光が入り乱れ、僕らだけに視線が注がれる。あの空間は、世界選手権にもない。これが五輪だと感じた」

 リレー決勝の7日前、江里口は失意の中にいた。男子100メートル予選。スタート時の反応こそトップだったが、6番目でフィニッシュ。自己ベストの10秒07に程遠い10秒30に終わった。

 「世界のスピードを目の当たりにして、自分の走りに集中できなかった。本当に悔しくて…。次の日、無理やりリレーに気持ちを切り替えるため、サブグラウンドで100メートルを全力疾走したのを覚えています。当時は中盤から後半に速度を上げるレースをつくろうとしていた。調子もピークだった。今になって考えれば、もっとスタートに重きを置くべきだった」

 駆けっこが好きで、菊池南中では陸上部に入った。「地元の大会でも1番になったことはなかった」という江里口が、陸上に情熱を注ぐようになったのは中学3年の頃。同じ熊本県出身の末續慎吾(イーグルラン)が、世界選手権の男子200メートルで銅メダルを取る姿をテレビで見た。

 「陸上短距離で世界と戦う姿が格好良く、憧れの人になった。陸上の雑誌を読みあさるようになり、タイムも伸びていった」

 高校2年で初めて全国大会に出場。3年時は末續の高校記録に並び、国体で高校日本一になった。リレーでは末續と一緒に走り、県新記録で優勝した。

 「夏までは地元の大学に進学しようと思っていた。しかし、自分と同じように高3で日本一になり、世界を相手に走っている末續さんを見て、とことん陸上をやろうと早稲田大に進みました」

 08年の北京五輪後、日本短距離界を支えた末續、朝原宣治(大阪ガス)が相次ぎ一線を退いた。翌年、大学3年になった江里口がマークした自己ベストの10秒07は日本歴代4位(当時)。末續のバトンを受け継ぐように、「9秒台に最も近い男」として期待を背負うようになった。

 「あのスピード感は今も覚えている。当時は速さを追求した。ただ、タイムはあくまで結果だと考えていた。『9秒台』という周囲の期待が大きくなると、困惑してしまった。一方で9秒台の持ちタイムがないと世界で戦えない。その時点の自分を出すだけでは足りないこともロンドンで分かった。もう一度、走りをつくり直そうと思った」

 27歳で迎える16年のリオデジャネイロ五輪に向け、江里口は青写真を描いた。しかし、次の4年間に待ち受けていたのは9秒台への挑戦ではなく、別の戦いだった。(高橋俊啓)

◇えりぐち・まさし 1988年12月17日、菊池市生まれ。鹿本高から早稲田大を経て大阪ガスに入社。2006年の国体少年A100メートルで初の全国制覇。早大時代の07~10年に日本インカレを4年連続で制し、09~12年の日本選手権も4連覇した。ロンドン五輪のほか、世界選手権やアジア大会に出場。昨年7月に現役を引退した。100メートルの自己記録は09年の日本選手権でマークした10秒07。当時は日本歴代4位の記録だった。大阪市在住。

(2019年12月6日付 熊本日日新聞朝刊掲載)