新潟女児殺害、死刑判決とならない事情 最高裁が求める「慎重さ」「公平性」、裁判員を説得か

By 竹田昌弘

 新潟女児殺害事件の一審判決で、新潟地裁は4日、小林遼(はるか)被告(25)が下校途中の小学2年女児に車を背後から衝突させ、首を絞め気絶させて連れ去った上、車内でわいせつ行為をした際、女児が声を上げたことから首を絞めて殺害し、遺体を電車にひかせて遺棄、損壊したと犯罪事実を認定した。これだけの罪を犯し、求刑通りの死刑ではなく、無期懲役と判断したのはなぜか。そんな疑問を持つ人も多いだろう。最高裁の判例で求められた「慎重さ」と「公平性」がキーワードとみられ、背景事情も含めて考察する。(共同通信編集委員=竹田昌弘)

新潟女児殺害事件の一審判決で、無期懲役を言い渡された小林遼被告

■永山基準で順次検討 

 死刑の選択は、①罪質(事件の全体像・特徴)②動機③態様、特に殺害の手段方法の執よう性・残虐性④結果の重大性、特に殺害された被害者の数⑤遺族の被害感情⑥社会的影響⑦犯人の年齢⑧前科⑨犯行後の情状―などを併せて考察したとき、その罪責(犯罪の責任)が誠に重大で、罪刑の均衡(犯罪と刑罰がつり合っている)の見地からも一般予防(犯罪者を処罰することで、一般人が犯罪を行うのを予防しようという考え方)の見地からも、極刑がやむを得ないと認められる場合に許されるとされている。 

 これは最高裁が1983年7月、連続4人射殺事件の永山則夫元死刑囚(97年に刑執行)の第1次上告審判決で示した判断基準なので「永山基準」と呼ばれている。判決には明記されていないが、③の一つとして、犯行が計画的だったかどうか(計画性)も考慮すべき事情とされている。新潟女児殺害事件の判決では、永山基準のうち①、②、③の計画性、殺害方法、④を順次検討し、「それ以外の事情」として⑤と⑥に言及している。

■殺害被害者1人で死刑、裁判官裁判32%、裁判員裁判50%

永山則夫元死刑囚。「新日本文学」1983年5月号から複写

 永山基準の中で最も重視されてきたのは、④の殺害被害者の数。殺人や強盗殺人などの重大事件を裁判官だけで審理(裁判官裁判)していた1980~2009年、死刑を求刑された346人のうち、今回の事件のように、殺害被害者1人は100人で、死刑が確定したのは32人(32%)だった。 

 今回の事件と同じわいせつ目的やレイプ目的で誘拐後の殺人は10人に死刑が求刑され、<a>女児に対する強制わいせつ事件の前科があり、7歳の女児をわいせつ目的で誘拐し、犯行の発覚を恐れて殺害した事件<b>女子高校生をレイプ後殺害し、被害者の両親に身代金を要求して受け取った事件<c>女子短大生を拉致、監禁、レイプ後、灯油をかけて火を付け、焼き殺した事件―の3人が死刑となっている。今回の小林被告には、<a>のような前科はなかった。 

 このほか、殺害被害者1人で死刑が確定したのは身代金目的の誘拐殺人や保険金殺人、別の事件で無期懲役となり、仮釈放中に殺人事件や強盗殺人事件を起こしたケースなどだった。(裁判官裁判の死刑求刑事件のデータは司法研修所編「裁判員裁判における量刑評議の在り方について」による) 

 一方、09年から始まった裁判員裁判(20歳以上の有権者から無作為に選ばれた裁判員6人と裁判官3人で審理)では、共同通信の集計によると、18年までに53人に死刑が求刑され、殺害被害者1人の被告8人のうち、4人(50%)に死刑が言い渡された。 

■死刑科すには具体的、説得的な根拠必要

 4人の事件は、[ア]妻子殺害や自宅放火などで服役後の強盗殺人[イ]服役を終えて約2カ月の間に強盗強姦(現在は強盗強制性交)などを繰り返した上、女子大学生を殺害し、学生宅に放火[ウ]勤務先で同僚だった女性をレイプし、殺害した上、遺体を損壊[エ]わいせつ目的で小1の女児に声を掛けて自宅に誘い入れ、首をビニールロープで絞めた上、首の後ろを包丁で突き刺して殺害した。[エ]は今回の事件と似ているが、連れ去りの手口や殺害方法が異なっている。被告が弁護人による控訴を取り下げ、死刑を確定された[ウ]以外の3人は、控訴審でいずれも無期懲役に減軽された。 

司法の頂点に立つ最高裁の建物と石の表札=2019年5月22日、東京千代田区

 検察側は[ア][イ][エ]の事件で、死刑を求めて上告したが、最高裁はいずれも無期懲役を支持した。このうち、2015年2月の[ア]の上告審判決では、次のような判断基準を示した。 

 「死刑はあらゆる刑罰のうちで最も冷厳で誠にやむを得ない場合に行われる究極の刑罰であり、その適用は慎重に行われなければならない」 

 「他の刑罰とは異なる究極の刑罰である死刑の適用に当たっては、公平性の確保にも十分に意を払わなければならない」 

 「裁判例の集積から、死刑の選択上考慮されるべき要素やそれぞれの重みの程度・根拠を検討しておくこと、評議では、その検討結果を共通認識とし、それを出発点として議論することが不可欠である」 

 「総合的な評価を行い、死刑の選択が真にやむを得ないと認められるかどうかについて、慎重さと公平性確保の観点をも踏まえて議論を深める必要がある。死刑を科すには判断の具体的、説得的な根拠が示される必要がある」

■「自分と折り合い付けた」と裁判員

  今回の判決で、新潟地裁はこの最高裁判決を引用し「遺族が、先例にとらわれずにこの事件だけの事情を見て刑を判断してほしいという思いを抱くこと自体は、至ってもっともなことである。しかし、死刑が究極の刑罰である以上、慎重さと公平性は特に求められるものであり、この考え方を放棄することにより遺族の思いにこたえることは、残念ながらできない」と述べている。

 その上で、裁判員裁判の開始後、同様の事件で無期懲役が十数件、有期懲役が数件あるだけで、死刑はないと指摘。「殺人の計画性は認められず、殺害方法が執ようともいえない。死刑の選択がやむを得ないとはいえない」と結論付けた。

新潟女児殺害事件の一審判決が言い渡された新潟地裁の法廷=12月4日(代表撮影)

  裁判員2人は判決後の記者会見で「裁判の公平性という部分を考えて今回判決を出した」「選べる範囲で一番重い判断をした」「感情としては遺族と同じ状態」「自分の思いと折り合いを付けなければならなかった」「犯罪は多様化し、考えられない犯罪もある。今後基準は見直していかないといけないのではないか」などと語った。裁判員と裁判官は、最高裁の判例に従い、永山基準で示された考慮要素とそれぞれの重みの程度・根拠を順次検討し、評議では、裁判官が裁判員に「慎重さ」と「公平性」を強調し、死刑回避を説得したのではないか。

■裁判員が量刑担当する意味かすむ

 [ア]の最高裁判決後、検察側は殺害被害者1人の殺人事件の裁判員裁判で、今回の事件を含め6人に死刑を求刑し、[エ]以外の5人は続けて無期懲役とされた。その中には、福岡県豊前市で小5女児をわいせつ目的で連れ去り、殺害したなどとして殺人罪などに問われた土建業者や、千葉県松戸市でベトナム国籍の小3女児を車に乗せて連れ去り、わいせつ行為をした上、殺害したとして、殺人や強制わいせつ致死などの罪で起訴された小学校の元保護者会長らがいる。

 これらの事件でも、裁判官は最高裁判例に従い、裁判員に「慎重さ」と「公正性」を説明し、同様の事件と同じ傾向の量刑を促しているのだろう。裁判員が有罪かどうかに加え、有罪のときは量刑も担当している意味がかすんでいる。裁判員は被告が無罪や一部無罪を主張する事件で、有罪かどうかを判断し、量刑は裁判官に任せた方がいいのではないか。

小2女児の遺体が見つかった線路近くに手向けられた花束=2018年5月9日夕、新潟市西区

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