中村医師を悼む

 今年8月、西彼長与町で行われた中村哲医師の講演を聞きながら、「水を制するものは国を制する」という古い言い伝えを思い出していた▲戦乱のアフガニスタンで医療活動をしていた中村医師。人々の生活を改善するためには、干ばつで砂漠化した土地を再耕地化する水が必要だった。現地にはクナール川という大河が流れ、水そのものはある▲高山の雪を水源に持つこの川は、水量の季節変動が大きい。水と共に大量の土砂も運ぶ。農業用の水路を造ろうにも、土砂の堆積で取水堰(せき)が詰まることもあれば、洪水で耕地が水浸しになることもあった▲中村医師は「水を制する」ために、古里・福岡県を流れる筑後川の「山田堰」に着目した。土砂を取り除きつつ必要水量だけを耕地に流すこの堰は、江戸時代の日本人が考案した伝統工法で、電力や高度な機材が使えない現地でも、人力で建設が可能。同タイプの取水堰がクナール川流域に次々と建設され、1万6500ヘクタールもの大地を潤していった▲生活に不可欠でありながら、時には大きな災害をもたらす水。それを制御できれば、人々の生活はもちろんのこと、きっとアフガンという国の安定にもつながるはずだった▲中村医師の命は残念ながら凶弾によって絶たれた。しかしその功績をたたえる現地からの声は途絶えない。(泉)

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