等身大のジョン・レノン、メリーゴーラウンドからは降りられたのか? 1981年 3月13日 ジョン・レノンのシングル「ウォッチング・ザ・ホイールズ」が米国でリリースされた日

アルバム「ダブル・ファンタジー」40歳を迎えた等身大のジョン・レノン

「ウォッチング・ザ・ホイールズ」は、ジョン・レノンが生前にオノ・ヨーコとの連名でリリースしたアルバム『ダブル・ファンタジー』に収録されたナンバーで、第3弾シングルとして全米10位(2週連続)を記録している。

このアルバムに収められたジョンの曲は、どれも思慮深く、40歳を迎えた男の等身大の姿が投影されている。中でも「ウォッチング・ザ・ホイールズ」がもつ諦観にも似た佇まいに、僕は強く惹きつけられた。

それは個人が自由に生きることについての歌だった。

ジョン・レノンは『ダブル・ファンタジー』をリリースするまでの約5年間、音楽活動を休止している。10代でバンド(後のビートルズ)を結成して以来、激しい野心と情熱をもって音楽と向き合ってきたジョンにとって、シーンの中心からドロップアウトしていた5年間は、初めて経験する「何も生み出さなくていい」穏やかな時間だったのかもしれない。

「ウォッチング・ザ・ホイールズ」の歌詞にみる、ジョン・レノンが手にした自由

しかし、世間がジョン・レノンを放っておくはずはなく、メディアはジョンの動向を追い続けたし、それはジョンの友人たちも同じだった。「おい、ジョン。どうしちゃったんだよ」、「なぁ、早くそこから出て来いよ」、そうした誘いやアドバイスは「本当にたくさんあった」と、ジョンもインタビューで語っている。

だから、「ウォッチング・ザ・ホイールズ」の歌詞はこんな風に始まる。

 最近の僕は狂っていると誰もが言う
 僕が破滅しないように
 いろいろと警告してくる
 僕が「大丈夫だよ」と言っても
 彼らは怪訝な顔で僕を見る
 「君がハッピーなわけないだろう
 もうゲームから降りちまったんだから」

こうしたやり取りは、ジョンが音楽活動を休んでいた間も、途切れることなく繰り返されたのだろう。そんな彼らへのジョンの回答が、サビで歌われるフレーズだ。

 僕はただここに座って
 車輪が回るのを眺めている
 回っているのを見るのが好きなんだ
 もうメリーゴーラウンドに乗る気はない
 後は勝手に回っててくれ

デモテイクでは「車輪(Wheel)」を「世界(World)」に替えて歌っているものも残っている。つまり、ジョンはかつていた世界から自分はもう「抜けた」と言っているのだ。音楽業界、虚飾、誇大広告、自分を縛り付けるすべてのイメージ、ビートルズ、ラヴ&ピース、ジョン&ヨーコ、えとせとら、えとせとら…。

そして、メリーゴーラウンドとは、かつていた世界の象徴だ。一度乗ったら、降りるまで回り続けることになる。それがこのゲームのルールだからだ。でも、ジョンはそんな世界を外から眺めている。気ままに。ただ座って。ジョンが大切にしたのは、この「自由」だったように思う。そして、再びギターを手にしたのもまた、ジョンの自由だったのだ。

自分の人生を生きたいと願う、歌に込められた正直な気持ち

「ウォッチング・ザ・ホイールズ」には、強がったところが見当たらない。ジョンの歌声は凛としていて、腫物が落ちたかのような清々しさがある。そして、歌に込められた正直な気持ちが、静かな説得力となって、僕の心を今も揺さぶるのだ。

自由に生きようと決めたはずなのに、いつしかシステムに組み込まれ、しがらみに捕らわれたまま、身動きができない。こんな僕でさえ、そんな気持ちになることがある。だからといって、仙人のようには生きられないし、もしそうなれたとしても、また別のルールが自分を待ち構えている。どんな風に生きたところで、結局、そういうものなのかもしれない。

それでも自由に生きたいと願う。何ものにも捕らわれず、走らされることなく、自分の時間軸の中で、信じる道を進みたい。立派でなくても構わない。この歌を聴くといつも、僕は自分の人生を生きたいと思うのだ。

カタリベ: 宮井章裕

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