「絶望し、死を考える人も多い」自らも脊髄損傷…車椅子の菅原弁護士、支援に奔走

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菅原崇弁護士

菅原崇さんは、24時間介護を必要とする弁護士だ。サラリーマンとして仕事にまい進していた時、交通事故で脊髄を損傷し、その後、猛勉強の末に司法試験を突破した。現在は神奈川県海老名市の法律事務所で代表弁護士を務めるが、決して平坦な道ではなかったという。

交通事故で重度の障害を負うまでの仕事や人生、そして事故後に弁護士となってからの思いを聞いた。(ライター・高橋ユキ)

●11年前の交通事故

菅原さんは東京都三田高校を卒業後、東京水産大学(現在は東京海洋大学)に進学。就職氷河期真っ只中の1997年に明治乳業〈現在は(株)明治〉の内定を勝ち取り、以降同社で、理系総合職として仕事に邁進した。

そんな日々の中、生活が一変した。いつものように仕事をして、休憩がてらコンビニに出かけた際、前方不注意の乗用車が、歩いていた菅原さんを後方から撥ねたのだ。

菅原さんは事故により頸髄を損傷し、身体が不自由となり車椅子での生活を余儀なくされた。入退院を繰り返しながら、会社への復職を希望して交渉を行っていたが、介助者同伴での勤務は認めらなかった。

復職への願いは叶わず会社を辞めなければならなくなった。

●悔しさを抱えながら「社会復帰したい!」

菅原さんは障害を負いながらも、自分のできることを模索した。

「納税者に戻りたいという気持ちが強かった。当時、市役所の障害福祉課に相談をすると、『これまで頑張ったのだから、ゆっくり生活して下さい』と優しい言葉をかけてもらった。

ありがたいとは思いながらも、私は、そういう価値の人間になったのか、と障害を負った現実に直面して、悔しい思いをしました。それでも私は、社会復帰したい、やれる限りの努力をしたいと考えていました」

その後友人からのすすめもあり、一念発起し弁護士を目指した。

●音声認識ソフトを利用して受験「打ち合わせは試験直前まで」

明治乳業の同僚たちが、話した言葉がパソコンに認識されて文書が作れる音声認識ソフトをプレゼントしてくれた。

これを使えば身体が不自由で筆記ができなくても、文書を作成することが出来る。必死に練習をした。そしてこの音声認識を使って法科大学院未修者コースを受験して合格をした。

法科大学院時代は、未修者コースとはいえ、周りはほぼ法学部出身者という中で、悪戦苦闘しながら勉強に励んだ。そして3年後、留年することなく法科大学院を修了し、司法試験を受験した。

司法試験受験にあたり、身体の不自由な菅原さんは、司法試験委員会と受験方法をめぐって様々な交渉をした。論文試験である司法試験での、これまでに前例のない音声認識ソフトの使用、試験時間延長、介助者の手配、試験会場へのベットの持ち込みなど、打ち合わせは試験直前まで行われた。

●弁護士になって「書面の作成は音声認識ソフトを使用」

こうして2015年、見事一回目の受験で司法試験に合格し、1年間の修習を終え弁護士になった。事故からの復帰や、司法試験の受験など苦難の道を乗り越えてたどり着いた弁護士という職だが苦労は絶えないそうだ。

「書面の作成は音声認識ソフトを使用してパソコンで行いますが、誤認識が多く何度発語しても正しい文字で変換されないことがあります。誤認識があったときは正しい文字に変換をして直しますが、なかなか不便で、日常的な業務の中で時間がとられる作業です。

10ページの書面を作成するのに、健常な方の1.5倍~2倍くらいかかります。不便ですが、仕方がありません」

裁判所へ入ることにも苦労がある。

「私は常に介助者を伴って行動していますが、裁判所へ入るとき、職員に呼び止められてしまう。介助者がいなければ資料をバッグから出せないし、メモもとれない。全く仕事になりません。

各裁判所に対して、介助者と共に行動できるように申入れを行っていますが、全国で対応を統一してほしいところです」

拘置所ではこんなことがあったという。

「拘置所へ接見に出向いた際にも、介助者の出入りについて制限され、事情を説明したり、検察庁へ確認を行うことに時間がかかったため、その日接見に予定していた15時半~17時の時間を過ぎてしまいました。拘置所の許可をとることに費やされた時間で接見が出来ていたのに・・と思いました」

●脊髄損傷相談窓口を設置「受傷後は絶望し死を考える方も多くいる」

2019年の春には、事務所の代表に交渉して、新しい取り組みの『脊髄損傷相談窓口』を始めた。これは、公益社団法人全国脊髄損傷者連合会と、NPO法人日本せきずい基金と、菅原弁護士の所属する虎ノ門法律経済事務所との共同の取り組みとなる。

「私と同じように、頸髄損傷、または脊髄損傷などで障害を負った方々の相談をお受けしています。障害を負った経緯は皆様それぞれですが、同じ当事者として、苦しみや痛み、悩みについて自分の経験からのアドバイスを話したり、弁護士として、相手方との煩わしい交渉や、損害賠償請求などをお引き受けしています。

受傷後は絶望し死を考える方も多くいるほど、精神的に追い詰められます。以前との生活はまるで変わり自分も辛いですし、まわりの家族にも辛い思いをさせてしまうこともあるかもしれません。どこに相談すればよいのかわからないことでも、お気軽にご相談下さい。ご本人に限らずご家族や周囲の方からのご相談も歓迎です」

同事務所には重度障害を負った当事者でもある菅原弁護士をはじめ、現役医師でもある弁護士、保険会社勤務経験を有する弁護士も在籍。仲間や他の団体と共に菅原弁護士は同じ障害に苦しむ人たちへ手を差し伸べている。

【取材協力】菅原崇弁護士 1973年生まれ。大学卒業後、明治乳業(現(株)明治)にて「おいしい牛乳」などの商品開発に従事。2008年交通事故で障害を負うが、法科大学院へ進学し弁護士となる。現在虎ノ門法律経済事務所海老名支店の支店長弁護士を務めている。

【プロフィール】高橋ユキ(ライター):1974年生まれ。プログラマーを経て、ライターに。中でも裁判傍聴が専門。2005年から傍聴仲間と「霞っ子クラブ」を結成(現在は解散)。主な著書に「木嶋佳苗 危険な愛の奥義」(徳間書店)「つけびの村 噂が5人を殺したのか?」(晶文社)など。好きな食べ物は氷。