「桜を見る会」問題の裏で進むか野党「合流」

立憲民主「申し入れ」の意味を読み解く

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尾中 香尚里

ジャーナリスト

尾中 香尚里

ジャーナリスト

福岡県生まれ。1988年に毎日新聞に入社し、政治部で主に野党や国会を中心に取材。政治部副部長、川崎支局長、オピニオングループ編集委員などを経て、2019年9月に退社。共著に「枝野幸男の真価」(毎日新聞出版)。

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「合流」に向けた協議開始が提案された、会談に臨む社民党の又市党首(奥左)、立憲民主党の枝野代表(中央)、国民民主党の玉木代表(奥右)ら=6日午後、国会

 「桜を見る会」問題などで、国会で近年にない攻勢に出ている野党各党。その裏で焦点に浮上してきたのが、野党第1党の立憲民主党と、第2党の国民民主党など野党の「合流」問題だ。「合流」は実現するのか。党名は? 人事は? 政策は? 永田町の関心は早くも前のめりだ。

 衆院は小選挙区比例代表並立制を採用しており、選挙区では1人しか当選しない。野党候補を一本化しなければ、自民党(公明党)候補に勝つのは難しい。だからこれまで、野党は離合集散を繰り返しながら基本的に「一つになる」方向を目指してきたし、周囲も「野党はまとまれ」と圧力をかけてきた。

 問題は「一つになる」「まとまる」という言葉の持つ意味だ。さまざまな場合がある。「一つの政党になる」「複数の政党が小選挙区の候補者を一本化する」「国会では同じ会派に入るが、選挙は各政党が独自に戦う」などだ。さらに「一つの政党になる」についても、「政党Aに政党Bの議員が個別に『参加』」から「政党Aが政党Bを丸ごと『吸収』」「政党AとBが対等に『合併』」まで、さまざまな形がある。

 政治家は多くの場合、こうした意味の違いを慎重に選び発言しているが、その言葉を聞く多くの人間に、必ずしも正確に伝わってはいない。それが野党の動きをめぐる種々の誤解を生み続けてきた。

 前置きが長くなった。さて、6日の野党共同会派党首会談で枝野幸男・立憲民主党代表が国民民主党と社民党に「合流を申し入れた」とされる問題である。公式見解を追うと、枝野氏が考えているのは、おそらくこんなことだと思われる。

 ①現在の「国会での共同会派」を超え「一つの政党」に近い形を目指す

 ②政党の「合併」ではなく、立憲民主党への他党議員の「参加」を促す

 ③ただし共同会派の議員は、個人単位に加え、グループ(政党)単位での参加も認める

 ④立憲民主党の側から特定の議員・グループの参加を拒むことは、あえて行わない

 6日の申し入れでは「今求められているのは、『まっとうな政治』を実現するために、自民党・公明党に代わって政権を担いうる強力な政党です」との表現がある。「強力な政党」の言葉に、枝野氏の意識の軸足が「共同会派」から「一つの政党」に一歩移ったことがうかがえる。

 「政党間の合従連衡には与しない」と繰り返してきた枝野氏。「変節では」との声もある。だが、実はこの言葉も、受け取り方に多くの誤解があったように思う。

記者会見する立憲民主党の枝野代表=6日午後、国会

 枝野氏が拒んできたのは「合従連衡」。立憲民主党が他党と合併して「一つの政党」になるために、互いの理念や政策を「すり合わせ」、相手に合わせて「妥協」し、党のありようを変えてしまうことだ。他党に合わせて立憲民主党を変質させることを、枝野氏は結党当初から全く想定していない。

 申し入れで枝野氏は、明言こそ避けたものの、他党との「合流協議」を行わない考えを表明した。「会派を共にする皆さんとは、十分、理念政策の共有をしていただいている」との言葉が、それを端的に示している。枝野氏がこの日、一部報道に「思い込みによる記事」と不快感を示したのは、おそらく「協議」の言葉があったからだろう。

 枝野氏が8月に国民民主党に衆院での合同会派結成を呼びかけた時の申し入れ書には「立憲民主党の政策(中略)にご理解ご協力いただき」、立憲民主党の院内会派に加わってほしい、とあった。ポイントは「原発ゼロ法案等のエネルギー関連政策」「選択的夫婦別氏(原文ママ)制度」など、国民民主党との間で意見の違いがある政策を、具体的に列記していたことだ。

 「会派をともにした」ということは、こうした立憲民主党の政策に「ご理解ご協力」をいただいたのですね。同じ会派で臨時国会を戦い「会派内での相互理解と信頼関係の醸成」が進んだ結果、皆さんはすでに立憲民主党の理念政策に「十分、共有をしていただいた」のですね―。枝野氏は申し入れ書にこう書くことで「他党と理念・政策をすり合わせる協議はもはや不要」との認識を示したのだ。

 「どのようにも読める玉虫色の文書」ではない。これは、国民民主党の玉木雄一郎代表に対する、枝野氏の強いけん制だ。玉木氏は6日も「党名、政策、人事、組織もあるので、対等な立場で協議をしたい」と述べたが、枝野氏はおそらく協議自体を退けると思う。「立憲に来るも来ないもそちらで決めてほしい」と、後は回答を待つだけという姿勢を示すのではないか。

国民民主党の玉木代表

 これを枝野氏の「上から目線」と批判することは可能だ。国民民主党側の不快感も容易に想像できる。だが、立憲民主党の結党時から党を熱く支持している「パートナーズ」には、国民民主党の議員を迎えることにさえ、ネット上で深い失望感を示す人もいる。これ以上の譲歩は党の存在意義さえ問われかねない。だからこそ枝野氏は「立憲の理念政策にご理解ご協力をいただく」形で共同会派を組み、臨時国会での「共闘」の経験を積むことで、時間をかけて「合従連衡ではない」形を作り出すことに腐心したのだろう。理解を得られるかどうかは別の話だが。

 同時に枝野氏は、2年前の「希望の党騒動」の轍を踏むまいと慎重に行動しているようにも見える。

 希望の党は、同党に衆院選の公認を申請した旧民進党出身者に対し、安全保障法制について「憲法にのっとり適切に運用」などとして同意を求める政策協定書への署名を求めた。民進党が反対した安保法制を認めさせる「踏み絵」を踏ませ、リベラル派議員の事実上の「排除」を狙ったのだ。「排除」される側だった枝野氏は、希望の党と同じ手法を取るわけにはいかない。「排除の論理」はとらない、という建前は崩せない。

 枝野氏がいくら「会派をともにしていただいている皆さんとは理念政策が共通している」と述べても、例えば国民民主党の一部参院議員のように、それが疑わしい議員は明らかに存在する。彼らが今回の提案にどう対応するかは見通せないが、もし立憲民主党に参加することになっても、党内のガバナンスを効かせ、まとまりを保てるのか。  枝野氏はこうしたリスクも受け入れたのだろうが、この「党内ガバナンスを効かせる」ことこそ、過去民主党、民進党がことごとく失敗してきたことだ。これを今度こそ乗り越えられるのか。枝野氏の真価が問われるのはここからだ。

 ずいぶん長くなった。今回は枝野氏の呼びかけの意図を読み解くことに主眼を置いたが、まずは事態の推移を注視し、今後の展開に対する評価は別の機会に譲りたい。(ジャーナリスト=尾中香尚里)

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