12年ぶりの新作展は「女神」がテーマ。DIESEL ART GALLERYで個展開催中のピュ〜ぴる インタビュー

現代美術家・ピュ〜ぴるの個展「GODDESS」が、DIESEL ART GALLERYで2020年2月13日まで開催されている。ピュ〜ぴるにとって12年ぶりとなる今回の新作展。「生と死」「男と女」「自己と他者」「加害と被害」などの概念を自らの身体に重ね合わせ作品化してきたピュ〜ぴるは、いま何を考え、新作では何を見せようとしているのか? 作品やこれまでの活動についてアーティストに話を聞いた。

ピュ〜ぴる - Photo: Xin Tahara

強いものだけを見せたい

ピュ〜ぴるは1974年東京生まれ。90年代後半より作品制作をスタートし、「横浜トリエンナーレ2005」への参加を機に活動を本格化。ニューヨークのカルチャー誌『ペーパー・マガジン』やイタリア版『VOGUE』にも作品が掲載され注目を集めるほか、2011年には、自身が男性から女性へと性別を変更するまでの8年間を追ったドキュメンタリー映画『ピュ〜ぴる』(松永大司監督)が国内外の映画祭で上映され話題に。また2008年に戸籍の性別やパスポートなどのすべての記載を男性から女性へと変え、2011年には一般男性と結婚した。

こうして公私ともに順風満帆な日々を送っているかのように見えたピュ〜ぴる。しかし、その舞台裏では重いうつ状態に陥り制作からは遠のいていたという。

「社会的に女性と認められること、結婚など、求めていたものがすべて手に入って、虚脱感でうつ状態に陥っていた。作品は1年に1作品をつくるかつくらないかの休業状態でした」

今回の個展「GODDESS」で中心となる大型のポートレイトシリーズ「女神」は、この頃よりゆっくりと時間をかけ取り組み始めたものだという。

「自分が弱っているときはゴミしかつくれないと知っているから、そういうときには無理に制作しないようにしていました。私は、全身全霊をかけた強いものしか人前に出したくないんです」

12点の大型ポートレイト「女神」シリーズ

活動休止状態が続いていたピュ〜ぴるの転機となったのは、愛犬「Mr.Muu」。今回の個展「GODDESS」でもポートレイト写真に登場する「Mr.Muu」は、2016年、うつ状態から回復してきたピュ〜ぴるが生活をともにし始めた愛犬だ。狩猟犬のテリアであり、じゅうぶんな運動が必要な犬種でもある「Mr.Muu」のために、朝晩10kmほどの道のりを散歩するようになったピュ〜ぴるは、犬を介して様々な人々と交流をすることになった。

「すごくシンプルに言うと、犬を飼ったことで私自身がフラットで普通な状態になった。ムーちゃんを通して知り合った方々と一緒に山登りをしたりオフ会をするうちに、いままでいろんなことを難しく考えすぎていたことに気づいたんです。しだいに思考がすっきりしてきて、アートに再び向き合ってみようという気持ちになりました」

そこから、ピュ〜ぴるは「女神」シリーズに本格的に取り組むことになった。「女神」シリーズは、「崇高な存在」としての女神がテーマ。レオナルド・ダ・ヴィンチ《最後の晩餐》に描かれた12使徒をモチーフとした12枚の写真からなり、2011年から現在までの、ピュ〜ぴるの歩みと変化を見ることもできる。

「2010年頃までは自分の心のドラマを作品で表現してきましたが、『女神』シリーズからは神という自分の“外”にいる大きな存在をテーマにしています。自分が生きるうえでは見た目の変容よりも、魂のメタモルフォーゼが重要で、せめて死ぬときまでに魂をきれいな状態にしたい。制作しながらそんなことをいつも考えています。いまはまだ、きっと魂がそんなにきれいじゃないんですね(笑)」

崇高な美を追求するために、「必要のないものは会場に入れたくなかった」と話すピュ〜ぴる。ホワイトキューブの会場には装飾的な要素が一切なく、個々の作品にじっくりと向き合えるような空間になっている。

《- GODDESS - アルテミス像》(2016)
《- GODDESS - 観世音菩薩像》(2019)

12歳の「ボク」を救うために

12枚の写真作品のなかで、「今現在の私の気持ちがもっとも反映されている」と話すのが、ピュ〜ぴるが骸骨を思わせる仮面で顔を覆い、右手に砂時計、左手に生首を持つ《- GODDESS – 死者を蘇生するヘル》。展覧会のメインビジュアルにも使用された本作は、北欧神話で老衰、疾病による死者の国を支配する女神として描かれる「ヘル」がフィーチャーされた作品だ。

「最近、心ではなく体がつらいときがあるんです。いままで軽々とできていたことが徐々に難しくなって、砂時計の砂にように減っていく残りの人生と死の恐怖を思います」

そんな恐怖と不安が反映された《- GODDESS – 死者を蘇生するヘル》だが、決して「闇」を見せたいわけではないという。

「以前の私なら、闇の世界に入り込んでしまっていたと思います。でもいまは違う。死を考えているからこそ翻っていまをしっかり生きて、光の世界を見たいという強い気持ちを作品で表しています。光だけ見ていると闇のことがわからないし、闇だけ見ていても光の明るさに気づかない。この数年間でそのことを実感し、いまは闇から生み出される光を意識しています」

展示会場。天井右に見えるのが《幼きニンフ》《2019》

写真からオブジェまで、会場には鮮烈なイメージを持つ多彩な作品が並ぶが、そのなかで一点、異彩を放っているのが、天井から吊り下げられた作品《幼きニンフ》だ。タキシードをまとい、棒を片手にウサギに寄り添う少女はどこか柔和で懐かしい空気をまとう。この少女は、12歳のピュ〜ぴるの姿なのだという。

「12歳の少年としての少女だった自分が心の中にいつもいるんです。自分の性を受け入れることが難しく、自分以外の何かになりたいという気持ちが臨海点を超えて、毎日がつらかった。その“ボク”を救うために私は人生を生きていて、いまもその過程でしかないのだと思います」

日々のストレスから強迫神経症を発症し、10代の頃より同じ動作を繰り返すことで気持ちを落ち着かせていたというピュ〜ぴる。活動初期の代表スタイルでもあるニットのコスチュームや、様々な作品に見られる「集積」は、自身を治めるための方法のひとつでもあった。

《WHITE MARIA》(2015)
中央は、ピュ〜ぴるが集めてきた自身の毛髪を素材とした《女神の毛髪 》(2019)

こうしてアーティストとして作品と自身について語るピュ〜ぴる。しかし、普段は主婦・愛犬家として生活する女性として、作品を発表し、インタビューを受けることは「もとは男性だった」という事実を明らかにし、様々な代償を伴うことでもあるという。それでもなお制作する理由はどこにあるのだろうか。

「ひとつは、私の中の12歳の少年を救いたい。そして、その子と同じようにつらい思いをしている誰かを救えたらもっといい。ただ、今後の展開は私にもわかりません。私の人生そのものに作品がリンクしていて、行為が結果として自然と“作品になる”ので、人生と同じように予想できないんです。職業アートにも興味がありません。というよりも、私の人生そのものがアートだと思っています」

■ピュ〜ぴる サイン会
2019年12月21日(土)16:00 〜 18:00、DIESEL ART GALLERYにてサイン会を開催予定。

■展示概要
タイトル:GODDESS
アーティスト:ピュ〜ぴる
アーティストウェブサイト:http://pyuupiru.com/
会期:2019年11月22日(金) ~ 2020年2月13日(木)
会場:DIESEL ART GALLERY
住所:東京都渋谷区渋谷1-23-16 cocoti B1F
電話番号:03-6427-5955
開館時間:11:30 〜 21:00
休館日:不定休
ギャラリーウェブサイト:https://www.diesel.co.jp/art/pyuupiru/

Photo: TAKAMURADAISUKE

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