人間臭さが際立った2019年。経験者が語る兄弟でタッグを組むメリット/ノブ青木の知って得するMotoGP

 スズキで開発ライダーを務め、日本最大の二輪レースイベント、鈴鹿8時間耐久ロードレースにも参戦する青木宣篤が、世界最高峰のロードレースであるMotoGPをわかりやすくお届け。第26回は、2019年シーズンに起こったMotoGPクラスのトピックスをいくつか振り返る。

ーーーーーーーーーー

 2019年シーズンを振り返って思う。MotoGP、かなり面白いヒューマンスポーツになってきたな、と。テクニカルレギュレーションの縛りが厳しく、技術的にはだいだい落ち着き、各メーカーのマシンもひとつところにまとまってきた感があるなか、各ライダーの人間臭さが際立ち、それが勝負を分けているようだ。

 まずは1秒が長い男、マルク・マルケス(レプソル・ホンダ・チーム)だ。圧巻の420ポイントをもぎ獲り、2位アンドレア・ドヴィツィオーゾ(ドゥカティ・チーム)に151点差をつけてチャンピオンとなったマルクは、本当に異次元すぎる。

マルク・マルケス(レプソル・ホンダ・チーム)

 2018年あたりから身に付けたフロントタイヤが滑った時のリカバリー術は、もはや完成の域。ヒジを路面に着いているだけじゃない。限界域で前輪が切れ込むと、通常はそこで「ハイ終了」なのだが、マルクはさらにハンドルを切り足してマシンを起こしているのだ。

 他の追随を許さない……というより、普通じゃできない。アレができるのは、同じ1秒がマルクには10秒、20秒に感じられているからだ。常にゾーンに入りっぱなしだからこそ、瞬時の対応ができている。オソロシイ……。

■兄弟でタッグを組むメリット

 そして2020シーズンは、超人マルクの弟アレックス・マルケスが、同一チームでMotoGPに昇格する。期待できるかって? うーん……。Moto2チャンピオンとはいえ、アレックスはまだまだ普通の時間軸の人。当然、チームメイトの兄マルクと比べられることになるだろうが、兄マルクが超人すぎるので比較対象としてはかなり厳しい。

 ただ、兄弟でタッグを組むことは、メリットしかない。かつて「青木三兄弟」の全員がGPライダーだったワタシが言うんだから間違いない。何しろ兄弟なら忖度なしでガチガチのライバル関係が築ける。青木三兄弟のなかでは次男の拓磨が1番速かったが、やはり兄弟それぞれが「負けねえぞ!」という思いを持っていた。ワタシは長男で何でも弟たちより先に経験するし、弟たちからしてみれば「兄ちゃんに追いつけ、追い越せ」という気持ちもあっただろう。

 そういう意味では、アレックスが兄をめざして頑張り、大化けする可能性もゼロとは言えない。言えないけど……、ちょっとマルクがズバ抜けすぎてるのがなぁ……。超人だからなぁ……。

レプソル・ホンダ・チームに加入して2020年のMotoGPを戦うアレックス・マルケス

 兄弟での競り合いが効能を発揮するのは、実力がある程度接近しているからこそ。現役バリバリの経験豊富なMotoGPライダーたちでさえ追いつけない超人マルクを相手に、果たして一般的な意味での兄弟ライバル関係が築けるかどうか……。

 それにしてもマルクは強かった。シーズン中にはいい時・悪い時があり、運としかいえない波があるものだけど、マルクは幸運をすべて引き寄せていた。グランプリの一強時代といえばミック・ドゥーハンさんを思い出すけど、彼の場合は“いいタイヤひとり占め”などといった政治的駆け引きや戦略を駆使していた、と、後から聞いた(笑)。

 それも世界で頂点に立つために必要な実力のうちだが、今のMotoGPはワンメイクタイヤだわ共通ECUだわで、スペシャルな隠し球はないに等しい。そんななかでもブッちぎってしまうのだから、マルクがいかに超人であるかが分かる。1秒が長いうえに強運を備える兄。弟アレックスは大変だ。

■ロレンソ引退に思うこと

 さて、強運まみれだったマルクの影で、ホルヘ・ロレンソが引退してしまった。2019年シーズンの彼は、災いのすべてを引き受けてしまったように思える。ことごとくアンラッキー。もちろん最終的にはロレンソ自身の問題とも言えるけど、新しいマシンを信頼して「行くぜ!」という時にトラブルに見舞われたり、やる気が削がれるような事態が重なって、とにかくタイミングが悪かった。風水とか守護霊とか、神頼みでもしたくなる。

 折れそうな心にムチ打ち、「い、行くぜ!」と自分を騙しながら再出発しようとするたびに足元をすくわれては、完全に参ってしまうだろう。第8戦オランダGPで転倒して「もうヘトヘトだ」と思ったのも無理はない。流れがいい時は、トラブルも未然に防げていたり、転倒も避けられたり、再び立ち上がれたりするものだけど……。

 ロレンソはスタイルのあるライダーだっただけに残念だが、今の流れを見ていると引退もやむなしと言わざるを得ない。ただ、完全にたらればだけど、あのままドゥカティにいたらどうだったのかな、と思わないでもない。

MotoGP最終戦バレンシアGPを最後に引退したホルヘ・ロレンソ(レプソル・ホンダ・チーム)

「引退してしまったロレンソ」と書いて思い出したけど、ワタシはまだ現役引退宣言はしておりません(笑)。MotoGPはもちろん、バイクのレースが好きで、いちファンでありながら仕事として関わることができる今は、ありがたいことに実に素晴らしい状況だ。

 バレンティーノ・ロッシ(モンスターエナジー・ヤマハMotoGP)も同じような気持ちだと思う。簡単には「やーめた!」とは言えない、言いたくないのだろう。MotoGPを家のテレビで観ていたくない。だったら1年でもいいから長く、MotoGPライダーとしてサーキットを走っていたい。サッカーのJリーグでいえば三浦知良さん、プロ野球で言えば新庄剛志さんのように、生涯現役でいたいと願う、ロッシの気持ち。そしてそれを継続するための懸命な努力。何とも人間臭くて、ワタシは好きだ。

バレンティーノ・ロッシ(モンスターエナジー・ヤマハMotoGP)

■クアルタラロの活躍で発奮したビニャーレス

 そういえば2019年シーズンのヤマハは全般的に人間臭かった。サテライトチームのファビオ・クアルタラロ(ペトロナス・ヤマハSRT)の好調に引っ張られるかたちで、ファクトリーチームのマーベリック・ビニャーレス(モンスターエナジー・ヤマハMotoGP)が発奮。シーズン終盤には優勝も含め好成績を収めた。

 そりゃ、ファクトリーライダーとしてはマズいわけですよ、サテライトチームの若者に負けちゃあ。同じメーカーの看板を背負いながら、型落ちマシンに敗れるようなことがあっては、もはや言い訳ができない。もともとメンタルがあまり強くないビニャーレスだったが、クアルタラロの後塵を拝するという苦境を真摯に受け止めて、自分の気持ちをコントロール。それが終盤の好調につながった。

 ビニャーレスの発奮材料となったクアルタラロ自身も、怒りの感情をコントロールするアンガーマネージメント術を身に付けてMotoGPでの成功に結びつけているのだから面白い。

ファビオ・クアルタラロ(ペトロナス・ヤマハSRT)

 以上、MotoGPはつくづくヒューマンスポーツだと思わされた2019年シーズンを、人間臭さを軸に駆け足で振り返ってみました。2020年シーズンはどんな人間ドラマが待っているのか、今から待ち遠しい!

© 株式会社三栄