町の生い立ち

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いろいろと発掘される土器などから、新石器時代より三股町各所に人が住んでいたことがうかがわれます。また、その名の起源は「古くから川三条、股になりて流れたり」と古書にあって、その名「三股」をとどめているといわれています。江戸時代は鹿児島藩に属し、明治初年、五戸長を一丸として、戸長役場と改称しました。当時の地頭・三島通庸(みしまみちつね)は荒涼たる原野に土木を興し、産業を奨励し、教育の振興を図って村づくりを成し、ここ三股の基礎が築かれたのです。
明治22年、町村制実施により三股村となり、昭和23年5月3日に町制を施行して名実共に三股町として発足しました。以来自治の発展に努め、文化農村建設へとまい進し、今や数多くの企業誘致により町民の所得向上を図りながら町民参加型の「自立と協働で創る元気なまち」を目指し、躍進しています。

・町章…町の木「イチョウ」を図案化したもので、外形は丸く円満で輪、すなわち和やかさを表し無限を意味しています。
・町の花…サツキ
・町の鳥…ホオジロ
・町の木…イチョウ