80年代アイドルの2大片想いソングから読み解く、気温とヒットの不思議な関係 1986年 11月19日 小泉今日子のシングル「木枯しに抱かれて」がリリースされた日

ヒットソングと気候の関係、四季を彩るアイドルソング

皆さんは、懐かしいヒット曲が聴こえてきた時に、曲が流行っていた当時の “気候” の記憶までセットで思い出されることはないですか? 例えば、夏場に流行った曲だと暑かった記憶が蘇ってくるとか、冬場に流行った曲だと寒かった記憶が蘇ってくるとか、そんな現象です。僕も、秋の訪れと共に必ず脳内 BGM で流れてくる曲や、春になったら無意識のうちに口ずさんでしまうような曲が、四季折々であります。今回は、そんな四季を彩る80年代アイドルソングの中から、特に大好きな2曲を取り上げてみたいと思います。共通点は “片想い”。

気温の下降と共にランキングが上昇、小泉今日子「木枯しに抱かれて」

まず、1986年11月19日発売の「木枯しに抱かれて」。「♪ せつない片想い あなたは気づかない」… のフレーズが印象的な、女性からの支持も非常に高いキョンキョンのヒット曲です。秋も深まる季節に聴きたくなる一曲ですが、実はこの曲は『ザ・ベストテン』ではゆっくりとしたペースでチャートを上昇、発売から2ヶ月がかりで1位に到達という、演歌のようなチャートアクションを見せた曲でした。

1986年という年は、オリコンチャートで1位を獲得した作品が実に46曲もあり、それらのうち43曲が1週間で首位陥落をするという、流行りすたりが目まぐるしい状況。そんな中、「木枯しに抱かれて」の “じわじわ上昇” ぶりは珍しく、ベストテンでも折れ線グラフで紹介され、晴れて1位に到達した暁には、キョンキョン自身も「もうすごく、これは、理想的っていうか、嬉しい動き方だと思います」と、はにかみながら答えていたのが印象的でありました。

僕が思うこの曲の聴きどころは、やはり終盤の「♪ 白い季節の風に吹かれ 寒い冬がやってくる」での転調でしょうか。歌謡曲ではこういった “気候の変化” と “転調” という組合せは、ドラマティックな気分を増幅させる効果があるようです。

似たような例を挙げると、ALFEE の「恋人達のペイヴメント」。ここでも曲の終盤、「♪ 白い冬 凍える夜は 君を包む コートになろう」で、素晴らしい “冬の転調” を堪能することができます。この辺はもう高見沢サンのお家芸と言って良いかもしれません。

そして、この “気候の変化” というのは歌の中だけの話ではありません。実際に、発売日に5.8℃あった東京の最低気温は、1位獲得の1月15日には0.1℃まで下降しているのです。(気象庁調べ)1986年秋~冬は、きっと、リアル木枯しに抱かれて… な街の中で、せつない片想いに心を重ねていた女性達が溢れていたのでしょう。その結果、先述のとおり、気温が下がれば下がる程じわじわ曲が売れていくという、暖房器具も顔負けの経済効果も発生。まさに、聴覚だけでなく体感に訴える、秋冬の必需品のようなラブソングとなったのでした。

気温の上昇と共にランキングも上昇、南野陽子「話しかけたかった」

そして、僕の中での80年代 “2大片想いソング” のもう一曲が、南野陽子の「話しかけたかった」です。キョンキョンの木枯しに抱かれてから5ヶ月後の1987年4月1日に発売されたこの曲は、今でも初夏の新緑が茂る季節になると無性に聴きたくなります。「木枯しに抱かれて」は、楽器の一音一音が重い感じを受けましたが、「話しかけたかった」は全体的にとても明るく軽やか。

 風が踊る 5月の街で  輝いてる彼を 見かけたわ  視線だけで 追うアーケイド  ほんとは ついてゆきたいの

それまでマイナー系統の曲が多かったナンノちゃんでしたが、この曲では、春風がそよぐような明るい曲調に乗せて、少しはにかみながら片想いの乙女心を歌います。その初々しい姿にすっかりやられてしまった人も多かったのではないでしょうか。僕もそのひとりでした。

ナンノちゃんにとって、この「話しかけたかった」は、『ザ・ベストテン』で初めての1位曲。1位獲得週には、司会の黒柳徹子さん、松下賢次さんの他、バックバンドの皆さん、カメラさんも全員学生服姿に変身し、学ランとセーラー服のダンサーズも加わり、ミュージカル風に曲を盛り上げるという、ベストテンならではの心弾むような演出もありました。この回は学生時代の旧友も応援にかけつけ、歌っているナンノちゃんも胸いっぱい。ベストテン史上に残る名場面だったと思います。

そしてここでもまた、気候の話を引き合いに出してしまいますが、発売日に9.9℃だった東京の最高気温は、ベストテンで1位を獲った4月30日には24.0℃まで上昇。今でも新緑の季節に聴きたくなるのは、やはり、リアルタイムで聴いていた頃の記憶が、聴覚だけでなく肌感覚で刷り込まれているからなのかもしれませんね。

季節の変化で味わいが全く異なる片想いソング

それにしても、同じ “片想い” がテーマでありながら、曲調も味わいも全く異なる2曲。これぞ歌謡曲の面白いところであり、奥深い部分なのだなあ、と思うと同時に、発売する時期も、季節の変化を想定して計算し尽されていたのだということに、改めて驚かされます。

最近、テレビでは、俳句を扱うバラエティー番組も人気で、日本語と四季との密接な関係性についても改めて注目が集まっているところですが、80年代アイドル歌謡は、この俳句の要素に加え、メロディーや楽器の音の軽重、そしてボーカルの表情などと言った、五感に訴える要素も絶妙にミックスされて、さらなる魅力を届けてくれていると思います。

日本に豊かな四季と、片想いの恋心がある限り、これらの2曲を超えるような素晴らしい歌はまだまだ産み出されてゆくことでしょう。僕は、巡る季節の中で、そんな歌との出会いを、これからも心待ちにしていたいと思います。

カタリベ: 古木秀典

© Reminder LLC