家庭科で「投資信託」の授業を導入へ、親と教員はどう向き合うべき?

2022年度から施行される新学習指導要領では、資産形成指導の一環として「投資信託」に関する高校家庭科の授業が導入される予定です。

老後2,000万円問題や人生100年時代など、老後のお金に関する心配事が尽きない昨今。高校生への投資信託の教育は、日本人の金融に対する考え方にどのような影響を与えるのでしょうか。


学校における家庭科と金融教育の変遷

現代につながる家庭科の授業が導入されたのは、まだ戦後間もない頃。食物や家族に関する科目を扱う「普通教育」と「職業教育」の2つを担う教科として成立しました。

日本が急激に経済成長した1950年代から1970年代にかけて女子の家庭科は必修となりました。男子は技術過程、女子は家庭科といった、性別によって指導内容を変える方針が取られた時代もありました。

しかし、1980年代から世界的に男女平等の風潮が広まり、日本においても性別の役割分業を見直す動きが出てきます。男女共同参画社会に変化を遂げる流れの中で、性差による学習内容の分岐という壁がなくなり、男子への教育も生活にまつわる内容へ変化したのです。

その一環として金融教育も扱われてはきたものの、保険やクレジットカード、ねずみ講への対応といった、高校生の年代でも被害にあう可能性のある問題にフォーカスする内容にとどまりました。

金融広報中央委員会が発表している「金融教育ガイドブック」では、金融に関する独自の取り組みを実施する学校の例が紹介されており、ライフコースの設定、マイホームの購入といった題材でお金に関する教育を実施する学校もあります。しかし、資産運用にまつわる教育は行われてきませんでした。

今回の新学習指導要領では、昨今の社会情勢に合わせて、ようやく資産運用が導入されることになりました。ただ、すでに一般化した先進国と比較すると、むしろ遅すぎる導入といっても過言ではないでしょう。

儲けを出すことが最重要ではない

では、投資信託の教育には何が期待されているのでしょうか。学校教育に求められる役割の1つは、セーフティネット的な知識の浸透。つまり、学校では児童や生徒に最低限度の幸福な生活を送るための最も基礎的な教育が必要とされています。

よって、高校教員には資産形成の授業をするからといって、「いかに1円でも多くお金を儲けるか」といった視点よりも、無理なく続けることができるように必要な知識を教育することが求められるでしょう。

ところで、資産形成の文脈で多くの人の頭に浮かぶのは株式投資ではないでしょうか。確かに、株式投資は日常的にはあまり馴染みがない方も多いかもしれません。しかし、突き詰めれば「将来成長する可能性の高い企業を見つけて投資をする」ものであり、就職活動といった職業選択の機会でも大いに役立つ視点です。

分析方法や指標などが多数存在し難しい印象がありますが、分析の対象は経済活動を行っている企業です。資産を増やす手段としての金融商品以外の機能も多くあるため、体系立てて教育することができれば、親しみを持ってもらえる可能性もあるのではないでしょうか。

なぜ投資信託が選ばれたのか

では株式投資ではなく、投資信託が選ばれた理由はどこにあるのでしょうか。筆者は分散投資の観点であると考えます。

投資信託協会によれば、投資信託とは「投資家から集めたお金を1つの大きな資金としてまとめ、運用の専門家が株式や債券などに投資・運用する商品」とされています。つまり、投資信託は専門家に任せて投資ができ、かつ分散投資の最良の手段なのです。

分散投資を象徴する言葉に「卵は1つのカゴに盛るな」というものがあります。資産を1つに集中するのではなくてさまざまな商品に分散して保有しておいたほうがいいという、このポートフォリオの考え方は指導の軸になってくるでしょう。

これは資産運用だけではなく、たとえばやるべきことの優先順位に応じて、かける時間の配分をどうすればいいかといった、生活をしていくうえでの意思決定にも活用することができます。このように資産運用の視点を出発点とし、生きていくうえで必要な考え方も教育できれば、意義の大きい科目になるでしょう。

生徒のために現場に求められること

生徒への間接的な影響としては、資産運用をする仕事の存在を知ることはキャリアプランの幅を広げることにつながる面があるのではないでしょうか。

専門家がお金を集めて運用している投資信託について10代のうちから知識をつけることは、自分の資産形成の手段が広がるだけでなく、将来の進路を決める際の選択肢の1つとして金融関係の仕事が身近になってくる可能性が高くなるでしょう。

これは家庭科の導入当時、大きな役割を担ってきた「職業教育」の意義を再認識させるきっかけになるかもしれません。資産形成教育の導入を起点として、専門的な教育の導入が他の科目でも進むことが期待されます。

初めて導入される資産形成の内容で最も危惧されるのは、資産運用は難しいものであると生徒に認識されてしまい、金融がより遠い存在になってしまうことです。また、これまで資産運用について教育を受けて来なかった教師が資産運用を教えるということも、正しい教育という観点で懸念の声も少なくありません。

これまでの価値観で一方的に指導するのではなく、専門家によるゲスト授業や、金融庁など公的機関のサポートといった総合的な施策をもって、教師も生徒も共に学んでいく姿勢が必要なのではないでしょうか。

<文:Finatextグループ アナリスト 菅原良介>

© 株式会社マネーフォワード