【破綻の構図】今年最大の印刷業倒産、(株)千明社 赤字体質から脱却できず

 1950(昭和25)年創業の印刷業者、(株)千明社(TSR企業コード:291479901、千代田区、根本三郎社長)が11月13日、東京地裁に民事再生法の適用を申請した。
 負債総額は29億7,776万円。印刷業者としては今年最大の倒産となった。
 業歴60年以上を誇る老舗で長年の実績と取引基盤を持ち、充実した設備も備えていた。だが、その裏では受注単価の下落と外注費や用紙代上昇の板ばさみ経営が続き、赤字体質から脱却できなかった。

 千明社は先代で現社長の父、根本豊明氏が1950年に創業した。活版印刷からスタートし、時代の変遷に合わせてオフセット製版へと移行。その後も技術革新を積極的に取り入れ、順調に業容を拡大した。
 業界に先駆けて導入したカラーコンピューター製版「トータルスキャナー」を売りにして、画像処理やカラー製版で培った技術力は定評があった。
 1997年には埼玉県幸手市に約3,000坪の新工場を竣工。高い品質が求められる大手企業向けカタログやパンフレットなど、大量の印刷加工も可能で実績を積み上げていった。

売上維持も採算取れず

 だが、印刷業界の環境が激変するなかで、ご多分に漏れず経営は徐々に悪化していった。
 業務がカタログなど季節性の高い商品を中心にしていたため、受注が集中する時期には外注に頼らざるを得ず、外注費がかさんだ。また、大量生産を可能にした充実した設備が逆に仇になり、少量で多岐にわたる広告を要求する顧客ニーズにそぐわず、単価の高い受注に繋がらないジレンマを助長した。
 結果として薄利多売の価格競争に巻き込まれ、年々高騰する原材料費や光熱費の負担が利益を圧迫することになった。
 8年前の2012年5月期の売上高は44億9,200万円だったが、これは直近決算の2019年同期の同44億7,200万円とほぼ変わらない。ただ、この間に利益はほとんど出ることはなく、営業利益から赤字を計上し、まさに「赤字垂れ流し」の満身創痍の状態が続いた。

(株)千明社 売上高・利益推移

旧本社不動産の売却が打撃に

 赤字経営が続き、2018年5月には旧本社(東京都北区)の売却に踏み切った。結局、これが千明社のターニングポイントになった。
 民事再生申請後に開催された債権者説明会、根本社長はお詫びの中で旧本社売却についても言及した。
 「金融機関の要請により本社を売却したが、これにより他社への優位性が減少した」と語った。もともと営業部隊と同じ旧本社に属していたデザインやDTPなどの前工程部門が売却に伴い、幸手工場に移転した。この結果、営業と製造部門との連携やきめ細かな対応が難しくなったと説明した。
 印刷業界ではクライアントの要求に答えるため、営業、デザイン、生産部門との間で何度も調整が繰り返され、仕様変更なども頻繁に発生する。本社売却による部門の移動で、こうした綿密な対応が難しくなり、生産効率が悪化したというわけだ。
 民事再生法の申請後、大口の債権者へのお詫びに回った千明社の幹部も、口々に虎の子の旧本社を売却せざるをえなかった無念さをにじませたという。
 旧本社は都内の学校法人が購入した。同時にこれは金融機関からの資金調達の源を喪失したことも意味した。

大王製紙グループのもとで再生へ

 採算悪化に加え、移転による部門間の連携不足も重なり、千明社の経営は悪化の一途をたどった。特に、2019年5月期に入ると客先からの値下げ要求や原料負担がさらに増し、同年3月には金融機関へ借入金の元本返済の停止を申し入れた。
 止血に努めても、もはや自力再建は不可能な状況まで追い込まれ、ついに資金繰りも限界に達した。このため、東証1部の大王製紙(株)(TSR企業コード:810006553)とスポンサー支援の基本合意契約を結び、民事再生法を申請することになった。今後は事業譲渡を経て、大王製紙グループとして再建を図る予定だ。

 紙媒体の需要減や製造・物流コストの上昇など、紙・印刷業界を取り巻く経営環境は年々厳しさを増している。
 だが、意外にも印刷業の大型倒産は少ない。2019年の全国の印刷業の倒産は負債額10億円以上は3件だけ。千明社以外の2社は負債約11億円で、負債29億円は今年ダントツの規模になる。
 千明社のような資産売却や、人員削減などのリストラ、借入返済のリスケを実施し、ギリギリのところで経営を維持している業者は少なくない。
 こうしたなかで発生した大型倒産だけに、「次はどこか?」の疑心暗鬼を呼び、業界全体の信用収縮に繋がる可能性を秘めている。
 「環境が悪いというのは共通認識だが、大型倒産も少なく正直、油断があった。千明社の破綻を機に印刷業界の与信をもう一度洗い直す」(商社の審査担当者)との声も聞かれ始めた。
 赤字体質から脱却できない印刷業者は千明社に限ったことではない。規模の大小を問わず、多くが様々なコストアップに苦慮し、疲弊している。久々に発生した大型倒産は、「終わりの始まり」なのか。紙・印刷業界に改めて緊張感をもたらす出来事となった。

千明社・幸手工場

‌千明社・幸手工場

(東京商工リサーチ発行「TSR情報全国版」2019年12月16日号掲載予定「破綻の構図」を再編集)

© 株式会社東京商工リサーチ