安倍政権が学んだ「桜を見る会」から目をそらす方法 思い出される安保法制強行採決と新国立競技場建設|プチ鹿島

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桜を見る会ですが、あの問題がもし「小さなこと」だったとしたら、なおさら大切だと思うのです。そこから見えてくることがあるはずだからだ。

その一つの例が、権力を持つ側の態度について。こないだまで安保法でも共謀罪でもどちらにも懸念されてきたのは「力を持つ側の恣意的な判断」でした。それを新聞などは警戒してたわけですが、今回あっさり恣意的な判断が「桜を見る会中止」で発揮された。

説明することを選ぶより歴史と伝統を一瞬で断絶することを選んだ、強大な力のえげつなさ。態度や振る舞いは「小事」も「大事」もつながっている。

そして今回また過去の「具体例」を思い出してしまった。

先日、新国立競技場が完成したとニュースになったが、驚いたのは「後利用」が未だに決まっていないということ。民間に売却という方向で決まっているが「屋根がない」ことがネックになっているらしい。

本来なら歌手のライブ興行で収益が見込めるが、屋根がないと天候や騒音を気にしないといけないため収益が読めないというのだ。しかも年間の維持管理費は24億円。これでは尻込みしてしまう。

なんでこうなってしまったのか。思い出してみると、あのとき注目は森喜朗氏だった。

たとえばこの記事。『幻のラグビー開催』(毎日新聞・12月1日)。

《新国立はラグビー・ワールドカップ(W杯)のメインスタジアムとして建設される計画だった。12年の国際公募で選ばれたザハ案は、流線型の外観と巨大な2本の弓状の構造物で建設費が高騰。》

この結果、ザハ案は白紙撤回になり現在の案になった。たしかにラグビーW杯開催ありきで、どういう議論で決まったか不透明なので批判されていた。下村文科相(当時)は15年6月29日、総工費を当初の2倍近くの2520億円と公表。批判が沸き起こった。

では、誰が、いつ、白紙撤回を発表したか。振り返ってみよう、そのタイミングを。

《総工費高騰の批判が強まる中、国会は安全保障関連法案の重要局面を迎えていた。同案は7月16日に衆院で強行採決されると、翌17日に安倍晋三首相は突然、計画の白紙撤回を表明。ラグビーW杯での活用は断念された。》

あ。。。

しかし強行採決に対し、批判が高まった。するとその翌日に「ザハ案白紙撤回」を首相が発表したのだ。安保法の強行採決の翌日にこのあわせ技……。

あのとき、きちんとした議論はなく、とにかく急いでいた印象だった。そして完成したばかりの新国立競技場はといえば、

「そもそもの問題は後利用を考えず建設したことにある」(毎日新聞・12月1日)

今に問題が先送りされてしまった。こうして振り返ると、強行採決の批判から目をそらすのも、今回の桜を見る会の追及から隠すのも同じ手法だということがわかる。

小さいことも大きなこともすべて繋がっているのである。(文◎プチ鹿島 連載『余計な下世話』 )